キリストの教会の肢体として

〔今週の御言葉 1コリント12章1~27節 キリストの教会の肢体として〕

 

 主イエスはわたしたちに、「わたしにつながっていなさい。そうすれば実を結ぶことができる」と約束してくださいました。それではわたしたちがキリストにつながるとは、具体的にはどういうことなのでしょうか。それは、キリストの体である教会につながるということです。わたしたちは一人ひとり、キリストの肢体として、それぞれの持ち場を持ち、それぞれの役割を与えられています。そのために必要な賜物も与えられています。それを生かして、教会に仕え、主イエスに仕えることが求められています。肢体の一部であるということは、全員が頭であるというのではなく、手であったり、足であったりするわけです。そんな役割はいやだと、自分の役割を放棄して、別の人の働きをうらやむのは、間違いです。ある人は目立った働きに召されますが、全員がそうであるわけではなく、多くは目立たない働きに召されます。別の人は他の人たちから高く評価されたり、帆埋められたりしますが、多くはそうではありません。不公平でしょうか。そうかもしれません。しかし教会の頭である主は、あなたには、その働きを担ってほしいとお考えですし、あなたが嫌だと思う役割を果たしてほしいと願っておられます。あなたが自分で臨む奉仕ではなく、主があなたに望んでおられる奉仕を果たしてください。あなたがしたいと願う働きではなく、主が願っておられる働きを果たしてください。そうすれば主に祝福されるでしょう。