· 

聖霊の力による使徒の働きと教会の発展(使徒言行録講解) 第96講:トロアスでの蘇生の出来事(使徒言行録20章7~12節)

聖霊の力による使徒の働きと教会の発展(使徒言行録講解)

96講:トロアスでの蘇生の出来事(使徒言行録20章7~12節)

 

〔今週の御言葉 使徒言行録20章7~12節 トロアスでの蘇生の出来事

 トロアスで思いがけない出来事が起こります。礼拝中に3階の窓に腰かけていたエウティコという青年が地面に落ち、死亡するという事故です。彼の許に駆け寄ったパウロは「騒ぐな。まだ生きている」と周りを落ち着かせますが、医者ルカの診立てでは「もう死んでいた」のでした。それではパウロはどうして死んだ青年が「まだ生きている」と言ったのでしょうか。ルカの診立てが間違っていたのでしょうか。実はここでパウロが言う「生きている」と、ルカが言う「死んでいる」とは、違う次元のことを意味していたのでした。パウロは素人だから死んでいる青年を「まだ生きている」と見間違えたのではなく、累加とは別の意味の生死を語ったのでした。ルカが言う「もう死んでいる」は、文字通り医学的な意味で死んだ状態にあるということですが、そのように身体的には死んでいる青年も「まだ生きている」のです。主イエスに結ばれていたエウティコは、身体的には死にましたが、霊的には主イエスの命の中で生きていたのでした。パウロはそのことを言ったのです。主イエスは約束されました。「わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない」と。このように主イエスに結ばれて、主イエスの命に生きる者は「死んでも生きる」のです。そして「決して死ぬことはない」のです。わたしたちもエウティコを生かす主イエスの命の内に生かされて生きているのです。