創造から終末に至る神の救いの計画 第14講:「恵みの契約」のしるしとしての聖餐 1コリント11章23~26節 (11月22日)

【今週の御言葉 1コリント112326節 「恵みの契約」のしるしとしての聖餐】

 

聖礼典は、「わたしたちの救いの全体が、十字架でわたしたちのためになされた、キリストの唯一の犠牲に基づいているということ」を確証するもので、わたしたちの信仰を「わたしたちの救いの唯一の根拠として、十字架のイエス・キリストの犠牲を指し示す」ものです。「この約束は、十字架上で成し遂げられたキリストの唯一の犠牲のゆえに、神がわたしたちに、罪の赦しと永遠の生命を、恩恵によって、贈ってくださる」ことをよりよく理解させ、確証してくださるための「目に見える、聖なるしるしと印章」です。「それは、信仰の心をもって、キリストの苦難と死の全体を受け入れ、それによって、罪の赦しと永遠の生命を得るということを意味」します。またそれだけではなく、「それに伴って、キリストの中にも、わたしたちの中にも、同時に住みたもう聖霊によって、ますます、キリストの祝福された御体と一つとされるということをも意味しています。」「聖餐は、パンとぶどう酒の飲食によるキリストの肉と血による霊的、生命的涵養・同化、すなわち、キリストとの霊的、全人的一体化を表し、かつ、その祝福をその受領者のうちに現実化する」ものです。こうして「主の晩餐はまた、神の国の終末的成就の待望、その先取り」です。聖餐は「最後の晩餐を起点とする、復活の主が主宰される食事としての主の晩餐」であり、やがて「主との再会時の盛大な祝宴を確信、待望しての食事、感謝と喜びの食事」なのです。