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1月5日(使徒言行録1章1〜8節)

〔今週の御言葉-私訳と黙想 使徒1章1~8節 聖霊の力によって主の証人に

 テオフィロよ、わたしはイエスが行い、また教え始めたすべてのことについて、最初の言葉を為しました。彼が選んだ使徒たちに、聖霊によって命じ、(天に)引き上げられるまでの日のことです。

 彼はまた苦しみを受けた後、自分自身が生きていることを多くの証拠によって彼らに示し、四十日にわたって彼らに神の国について語りました。そして彼は一緒にいたとき、彼らに命じました。「あなたたちはエルサレムから離れず、わたしから聞いた父の約束を待ちなさい。ヨハネは水で洗礼を授けましたが、多くの日が経たないうちに、あなたがたは聖霊によって洗礼を授けられます。」それで彼らが集まったとき、彼に尋ねて言いました。「主よ、イスラエルのために王国を復興してくださるのは、この時ですか。」そこで彼は彼らに向かって言いました。「時や時期については、あなたがたが知ることではありません。それらは父がご自分の権威によって定めておられます。しかしあなたがたの上に聖霊が臨むと、あなたがたは力を受けるでしょう。そしてエルサレム、ユダヤとサマリアの全土、そして地の果てまでもわたしの証人となるでしょう。」

*「最初の言葉」とは、ルカが記した第一巻目のルカ福音書のこと。

 

ルカは福音書に続いて使徒言行録を著しましたが、この二書には差違があります。それは聖霊の働きです。主イエスご自身は聖霊に満たされて、ご自身の業を果たしていかれましたが、弟子たちはそうではありませんでした。主が昇天されて後、今度は彼らが主の証人として働いていきますが、それに際して必要なのは彼らの肉の力や知恵ではなく生来の才能や能力でもありません。むしろそれが砕かれて本当に主の手足となって生き、死ぬために聖霊が必要でした。その聖霊は、主が天にお帰りになることで初めて弟子たちに注がれるものした。だから主は復活された後に、弟子たちに「聖霊を受けなさい」と言われました。使徒言行録は、彼らを通して為された業が、まさしく弟子たちに臨まれた聖霊の働きそのものでありだから聖霊を求めるように、聖霊に満たされることを語ります。「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、わたしの証人となる。」わたしたちが主の働きを担い、その業を力強く果していくことができるの聖霊の力です。弱い肉に過ぎないわたしたちが、それでもなお力強く主の働きを果し続ける者として支えられ、用いられ続けていくためには聖霊が必要です。ですから弟子たちがそうであったように、わたしたち豊かに聖霊が注がれ、聖霊に満たされて、聖霊が自分自身を通して生きて働いてくださるように、生きた聖霊の働きを願って祈り求めていきたいと思います。