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10月15日(ルカ13章1〜5節)

〔今週の御言葉-私訳と黙想 ルカ13章1~5節 悔い改めへの真摯な呼びかけ〕

 ところが同じ時にある人々がやって来て、ガリラヤの人々のことについて彼(イエス)に報告しました。(ユダヤ総督)ピラトが彼ら(を虐殺して)その血を彼らの(捧げようとした)犠牲(の血)に混ぜたのでした。そこで彼は彼らに答えて言われました。「このガリラヤの人々は(他の)すべてのガリラヤの人々以上に罪人だったから、そのような苦しみを受けたのだとあなたがたは考えているのですか。そうではありません。わたしはあなたがたに言います。もしあなたがたが悔い改めないならば、みな同じように滅ぼされるでしょう。それともシロアムでやぐらが落ちて殺した、あの十八人はエルサレムに住むすべての人々よりも罪人〔負い目のある人〕だったと考えているのですか。そうではありません。わたしはあなたがたに言います。もしあなたがたが悔い改めないならば、みな同じように滅ぼされるでしょう。」

*( )は原文にはないが説明のために付加した言葉。〔 〕は別の訳。

 

 主イエスはエルサレムで起きた出来事を取り上げて、そのような不幸が起きたのは因果応報によるものではないとして、「あなたがたも悔い改めなければ、皆同じように滅びる」と警告し、悔い改めを呼びかけられました。悔い改めとは、犯した罪を後悔し悔悛することだけではなく、これまで罪と死と滅びに向かって一直線につき進んでいた自分の人生の向きを変えて、これからは救いと命を目指して180度方向転換することです。これまでの罪の生き方をやめて、義の生き方へと生き方を変えることです。旧約預言者がイスラエルの民に向けて繰り返し裁きの預言を語り続けてきたのも、それによって彼らが滅びることを意図して為されたものではなくて、逆にそれによって彼らが悔い改めて神に立ち帰り、命を得るためでした。神はエレミヤを通して、「ユダの家は、わたしがくだそうと考えているすべての災いを聞いて、それぞれ悪の道から立ち帰るかもしれない。そうすれば、わたしは彼らの罪と咎を赦す」と約束され、エゼキエルを通して「悔い改めて、お前たちのすべての背きから立ち帰れ。イスラエルの家よ、どうしてお前たちは死んでよいだろうか。わたしはだれの死をも喜ばない。お前たちは立ち帰って、生きよ」と呼びかけられました。神は「恵みに満ち、憐れみ深く、忍耐強く、慈しみに富み」「罪と背きと過ちを赦す」方です。「生きよ」と呼びかけるこの神の呼びかけに応えて、あなたも神に立ち帰ってください。