10月1日(ルカ12章49〜53節)

〔今週の御言葉-私訳と黙想 ルカ12章49~53節 平和か分裂か〕

 この地に火を投げ込むためにわたしは来ました。そしてそれ(火)がすでに燃え上がっていることを、どれほどわたしが願うでしょうか。しかしわたしは受けなればならない洗礼があります。そしてそれが成し遂げられるまで、わたしがどれほど苦悶するでしょうか。あなたがたはわたしが平和をこの地に与えるために来たと思っていますか。そうではなくわたしはあなたがたに言いますが、かえってそれどころか分裂(をもたらすために来たの)です。というのは、今からは一つの家の中で5人が分裂させられます。3人が2人に敵対し、2人が3人に敵対します。父は息子に対し、息子は父に対し、母は娘に対し、娘は母に対し、姑は嫁に対し、嫁は姑に対して分裂させられるでしょう。

*( )は原文にはないが説明のために付加した言葉。

 

 ここで主イエスはご自分が来られた目的を明らかにします。それは平和をもたらすのではなく分裂をもたらすためだと。そして同じ家の家族が二つに分けられていくと。しかしこれはわたしたちも経験していることではないでしょうか。親や夫の反対を押し切って礼拝に集っている方、姑の妨害によって礼拝に出られなかった方など、それぞれに家族の反対の中にありながら信仰を続けてきた方がおられます。そうしたわたしたちの現実を主イエスは語っておられるのではないでしょうか。そのことはすでにシメオンによって語られたことでもありました。「この子は、イスラエルの多くの人を倒したり立ち上がらせたりするためにと定められ、また、反対を受けるしるしとして定められています」と。そしてそれはゴルゴダの丘で実現します。主イエスを真ん中にして右と左に十字架にかけられた強盗の一人は最後まで主イエスを罵倒し続けましたが、もう一人は最後に主イエスを信じ、天国への約束をいただきました。今日においてもこのことがわたしたちに問いかけられています。主イエスを前にして信仰を告白するか、それともこの方を拒絶するか、二つに一つ、どちらかを選ばなければなりません。家族との摩擦を避けようとして信仰をあいまいにするか、それとも家族との関係を断ち切っても主イエスへの信仰を告白するか、二つに一つです。あなたはそのどちらを選ぶでしょうか。主イエスへの信仰を告白してください。