8月27日(ルカ12章22〜31節)

〔今週の御言葉-私訳と黙想 ルカ122231節 すべての必要を知る天の父〕

 そこで彼(イエス)は彼の弟子たちに向かって言いました。「このことのゆえにわたしはあなたがたに言います。魂のために何を食べようかと、体のために何を着ようかと思い煩うのはやめなさい。なぜなら魂は食べ物よりもはるかに重要であり、体は着物よりも(はるかに重要だからです)。あなたがたはカラスについて注意深く考えなさい。彼らは(種を)蒔かないし、刈り入れをしません。納屋はないし、蔵もありません。けれども神は彼らを養ってくださっています。(ましてや)あなたがたはカラスたちよりもどれほどはるかにすぐれているでしょうか。またあなたがた(の中)から、思い煩うことによって彼の背丈に一キュビト増し加えることができる人が誰かいますか。もしあなたがたが(このように)最も小さいことについてさえもできないのなら、どうして他のことについて思い煩っているのですか。百合がどのように成長するかを注意深く考えなさい。懸命に働くことはなく、(糸を)紡ぐこともしません。しかしわたしはあなたがたに言います。ソロモンは彼のあらゆる栄華の中にあっても、これらの(百合の)一つのように着飾ってはいませんでした。しかし今日は野にあるのに明日は炉に投げ込まれる野の草をも、もし神がこのように装わせているのなら、あなたがたをどれほどはるかに(装わせてくださるでしょうか)。信仰の薄い人たち。だからあなたがたは何を食べようか、また何を飲もうかと懸命になるのはやめなさい。また落ち着かないでいる〔気をもむ〕のはやめなさい。なぜならこれらのすべてのことは世の異邦人たちが懸命に求めていることだからです。しかしあなたがたの父は、あなたがたがこれらのことを必要としていることをすでに知っています。」

*( )は原文にはないが説明のために付加した言葉。〔 〕は別の訳。

1キュビトは中指から膝までの長さの単位で、約45センチのこと。

 

 厳しい迫害の中で地上の命を惜しむあまりに信仰を否定して、永遠の命を損なうことにならないようにと主イエスは語り、愚かな金持ちの譬を話されました。そして「命のことで何を食べようか、体のことで何を着ようかと思い悩むな。命は食べ物よりも大切であり、体は衣服よりも大切だ」と言われました。同じ文言がマタイにもありますが、そこで意味することには大きな違いがあります。キリスト教に対する迫害と弾圧がいっそう過酷さを増していたルカの時代においては、もはや地上の命を維持するための食べ物、飲み物をどのように確保し、いずれは殉教することになる地上の体を着飾るための衣服に思いを向ける余裕などありませんでした。ですからそこではあえて付け加えれば、「永遠の命を維持することで何を食べようか、やがて復活する体のことで何を着ようかと思い悩むな。永遠の命は地上の命を維持する地上の食べ物よりも大切であり、復活する体は地上の体を着飾る衣服よりも大切だ」と言われたのだと理解することができます。そこでは嫌われ者の象徴である烏も登場しますが、その烏さえも神は養ってくださっています。この世で嫌われ者とされていたキリスト者たちを神は養ってくださり、地上の命を全うするだけではなく永遠の命に至るまで守り、導いてくださるのです。そこで見つめていくべきは神の国でした。神の国を目指して永遠の命に至るために、日々の労苦に励むように語られていくのです。