7月16日(ルカ11章45-54節)

〔今週の御言葉-私訳と黙想 ルカ11章45~54節 内なる殺人に対する血の責任〕

 すると律法の専門家のある人が彼(イエス)に答えて言いました。「先生、これらのことを言うことはわたしたちをも侮辱しています。」しかし彼(イエス)は言いました。「あなたがた律法の専門家も災いです。人々に背負いきれない荷物を背負わせているからです。しかもあなたがた自身はその荷物にあなたがたの指の一本も触れ(て負いやすく手を貸し)ません。あなたがたは災いです。預言者たちの墓を建てているからです。彼らはあなたがたの先祖たちに殺されました。こういうわけで、あなたがたは、あなたがたの先祖たちの行いの証人であり、それに同意しています。このことのゆえに、神の知恵もまたこう言っています。『わたしは彼らに預言者たちを遣わすだろう。すると彼らは彼ら(預言者たち)のある人を殺し、迫害するでしょう。』それで世の初めから注ぎ出されたすべての預言者たちの血(の責任)が、この時代(の人々)に要求されます。アベルの血から祭壇と神殿の間で殺されたザカリアの血までのことです。確かにわたしはあなたがたに言います。この時代(の人々)にそれが(血の責任が)要求されるでしょう。あなたがた律法の専門家は災いです。あなたがたは(神の国に入るために必要な)知識の鍵を取り上げたからです。あなたがた自身も(神の国に)入らず、入いろうとしている人々を邪魔しました。」そしてその後、彼(イエス)が出て行くと、律法学者たちとファリサイ派の人々は恐ろしい恨みを抱き始めました。そしてもっと多くのことで彼に質問をして問いただそうとしました。彼の口から何か(訴える口実となる言葉)をつけ狙いました。

*(  )は原文にないが理解しやすくするために補った言葉。

 

 主イエスは律法の専門家に痛烈な言葉を浴びせます。彼らは先祖が殺した預言者の記念碑を建立することで、自分たちがその時代にいたら彼らを殺すことはなかっただろうと、身の潔白を証明しようとしました。しかし逆にそれが彼らの悪事を表していると主は語られたのでした。預言者たちが殺されたのは、当時の宗教指導者の偽善をあばき、見せかけだけの信仰を非難したからですが、まったく同じことが主イエスにも起こります。自分たちの偽善と見せかけだけの信仰を暴露され、非難された彼らは主イエスに対して激しい憎悪を抱き、殺します。憎しみは殺人の芽です。十戒は「殺してはならない」と殺人を禁じますが、わたしたちも殺人を犯していないでしょうか。人を恨み、憎み、悪意を抱き、貶めようとすること、あるいはひどい言葉を投げかけたり、とげとげしい態度で接したり、逆に無視すること、これは殺人です。しかもこの殺人は憎しみや悪意から生じます。それはわたしたち一人一人の内にあり、いつの間にか拡がり心を支配するに至るものです。わたしたちは日々に殺人を犯していると言えないでしょうか。まさしくそのようなわたしたち殺人者のために、主イエスは殺されました。そしてわたしたちの罪を自分の罪として背負い、身代わりとなって死ぬことで、わたしたちは罪赦される者とされました。自分を殺す者のために赦しを祈られた赦しの心が、わたしたちの内にも拡げられていきますように。