3月5日(ルカ11章24〜26節)

〔今週の御言葉-私訳と黙想 ルカ112426節 空の心に御言葉を〕

 汚れた霊がその人から出て来るときには、休み場所を求めて水のない場所(砂漠)を行き巡ります。そしてそれを見つけ出せないときには、「わたしが出て来たわたしの家に戻ろう」と言います。そして行くと、(そこは)掃除され、また飾りつけされているのを見い出します。そこで行って、自分よりもっとはるかに邪悪な他の七つの霊を連れ込み、そこに入って行って、住み込みます。するとその人の最後の状態は、最初(の状態)よりもはるかに悪い状態になります。

 

 せっかく悪霊を追い出してもらっても空になった心を満たさないと、再び悪霊が戻ってきてしまうという譬は、わたしたちの心が何によって満たされていなければならないかということへと思いを向けさせます。わたしたちも罪と死の虜から解放されて、新しく生きる者とされました。新しい生き方にはそれを支える新しい価値観と新しい指針が必要です。あなたは何によって自分の心を満たしているでしょうか。わたしたちは自分でも気づかないうちに、様々なメディアを通してこの世の価値観や考え方に影響を受けて生きています。そしてわたしたちは自分でも知らないうちに、この世の言葉に支配されるようになってしまっているのではないでしょうか。あなたはどこを見つめながら生きているでしょうか。見ている方向が違っていたら、違った場所へと行きつくことになります。パウロは上にあるものを見つめなさいと勧めました。上にあるものとは天におられるキリストです。わたしたちは自分の人生が、御国を目指して歩む途上にあることを自覚することが大切です。そしてその途上の歩みにおいて大切なことは、自分の心がキリストの言葉によって満たされ、支配されるということです。信仰はキリストの言葉を聞くことによってのみ生み出されるのであり、それ以外のことで信仰が生まれることも成長することもありません。生まれた乳飲み子が乳を慕うように、わたしたちもキリストの言葉を慕い求めていきましょう。