6月5日(ルカ10章25~28節)

〔今週の御言葉-私訳と黙想 ルカ102528節 隣人を自分のように愛する〕

 すると見なさい、ある律法の専門家が立ち上がり、彼(イエス)を試みるために言いました。「先生、わたしは何をしたら永遠の命を相続できるでしょうか。」そこで彼(イエス)は彼に向かって言いました。「律法には何と書かれていますか。あなたはどのように読んでいますか。」そこで彼は答えて言いました。「あなたの神である主を、あなたの心の全体で、またあなたの魂の全体で、またあなたの力の全体で、またあなたの知性の全体で愛するでしょう。そしてあなたの隣人をあなた自身のように(愛するでしょう)。」そこで彼(イエス)は彼に言いました。「あなたは正しく答えました。このことを行いなさい。そうすればあなたは(永遠に)生きるでしょう。」

*( )は原文にない説明のための付加。

 

 

律法学者からの「何をしたら永遠の命を得られるか」との問いに、主イエスは二つの愛の戒めを示されました。そして「心を尽くして神を愛する」ことと共に教えられたのが、「あなたの隣人をあなた自身のように愛する」ということでした。それは一般的な誰か、不特定多数の隣人ではなく、「あなたの隣人」です。神があなたと関わることを願ってあなたの周囲に置かれた人、その人を「あなた自身のように愛する」のです。レビ記では、それは特に自分の近隣に住む貧しい人や寄留者、在留外国人などに対する戒めとなっています。そしてその理由は、かつてあなた自身も貧しく、外国に寄留していたからだというものでした。つまり彼らの苦しみや困難を、かつてあなた自身も味わい、苦しみ、困窮したことがあるから、彼らの苦しみが分かるはずだということです。だから彼らの困難を、自分自身の困難であるかのように受けとめて、彼らを助けるようにしなさいと求められていきます。そして彼らの苦しみを自分自身のものとして受けとめながら、彼らに助けの手を差し伸ばすようにと求められていくのです。ここで主イエスも質問した律法学者に述べられました。「あなたは正しく答えました。このことを行いなさい」と。愛は、正解を知っていることで事足りるのではなく、それを実行することが求められます。わたしたちも、自分に委ねられた隣人を自分自身のように愛していく愛の生き方を造り上げていきましょう。