4月3日(ルカ9章49~50節)

〔今週の御言葉-私訳と黙想 ルカ9章4950節 真に主の味方となる者とは〕

 するとヨハネが答えて言いました。「先生、わたしたちはある人があなたの名によって悪霊を追い出しているのを見ました。そこでわたしたちは彼を妨げました。なぜなら彼はわたしたちと一緒に従って来ないからです。」しかしイエスは彼らに対して言われました。「妨げてはいけません。なぜならあなたがたに敵対しない人はあなたがたの味方なのですから。」

 

ヨハネは主イエスの名を使って悪霊を追い出している人に、それをやめさせたことを主イエスに告げました。すると主イエスは「やめさせてはならない」と、かえってその人を自分たちの味方とするように語られました。このヨハネの言動の背後にあったのは嫉妬でした。彼らは先に悪霊追放に失敗したばかりで、それなのに弟子でもない人がそれに成功したことに腹を立て、やめさせたのです。それにヨハネからすれば主イエスと寝食も苦楽も共にしている自分たちこそ真の弟子です。それなのに弟子でもない人が成果を収めたことに、焦りといらだちを覚えたのでした。しかしこのヨハネの行動は他人事でしょうか。わたしたちも自分より優れた働きをする人や素晴らしい奉仕をする人を素直に喜び、評価するよりも、難癖をつけて中傷したり、揚げ足を取ろうとしたりしないでしょうか。その背後にあるのは「自分」です。そして結局は奉仕も、自分が評価され、称賛されるために果たしているということがないでしょうか。その真ん中には「自分」があるのです。自ら自分を捨てて十字架の道を選び取られた主イエスは、主に従って来る者にも「自分」を捨てることを求められました。パウロは「自分自身を宣べ伝えるのではなく、キリスト・イエスを宣べ伝える」と語りました。わたしたちも自分への称賛や評価を求める奉仕ではなく、主イエスを証しする真実な奉仕者となるべく「自分」を献げていきたいと思います。