8月16日(ルカ7章24~35節)

〔今週の御言葉-私訳と黙想 ルカ7章24~35節 神の国の民の幸い〕

 そしてヨハネの使者たちが立ち去ると、彼(イエス)は群衆に向かって話し始めました。「あなたがたは何を眺めるために荒れ野の中へと出かけて行ったのですか。風によって揺り動かされる葦ですか。しかし(そうではないなら)何を見るために出かけて行ったのですか。柔らかい着物に装われた人たちですか。見なさい。きらびやかな衣装をつけて贅沢にしている人たちは宮殿の中にいます。しかし(そうではないなら)何を見るために出かけて行ったのですか。預言者ですか。そうです。わたしはあなたがたに言います。預言者よりもはるかに優れた人です。その人について(次のように)書かれているのは、この人です。『見なさい。わたしはわたしの使者をあなたの顔の前に派遣します。彼はあなたの前であなたの道を準備するでしょう。』わたしはあなたがたに言います。女性から生まれた人間の中で、ヨハネよりも偉大な人は誰もいません。しかし神の国の中の最も小さい人も、彼よりはるかに偉大です。そして聞いていた民衆のすべてと徴税人たちはヨハネの洗礼を受けることによって神の正しさを認めました。しかしファリサイ派の人々と律法の専門家たちは彼(ヨハネ)による洗礼を受けないことによって、自分たち自身に対する神の意向を退けてしまいました。

 そこでこの時代の人々を何にたとえようか。何に似ているだろうか。彼らは、広場に座り、互いに呼びかけ合っている子どもたちに似ています。彼らは次のように言います。『僕たちは君たちのために(祝いの)笛を吹いた。それなのに君たちは踊らなかった。』『わたしたちはあなたがたのために弔いの歌を歌った。それなのにあなたがたは泣き叫ばなかった。』と。洗礼者ヨハネがやって来て、パンを食べず、ぶどう酒を飲まないと、あなたがたは『彼は悪霊を持っている』と言います。人の子がやって来て、飲み食いすると、『見なさい、大食漢で大酒飲みだ。徴税人と罪人の友人だ』と言います。しかし知恵はそのすべての子どもたちによって正しいと認められます。」

 ( )は説明のために付加した言葉で原文にはない。

 

 洗礼者ヨハネについて主イエスは、女性から生まれた人間の中で偉大な人だと紹介し、預言者中の預言者だと言われました。「来たるべき方」について、あいまいでおぼろげにしか預言できなかった旧約時代の預言者に比べて、ヨハネは直接メシアに先立って指し示し、その備えをしたからです。しかし最高の預言者と評されたヨハネよりも、神の国の中で最も小さい人の方がより勝っているとも主イエスは言われました。主イエスをメシアとして紹介したヨハネですが、主イエスを正しく理解できていたわけではありませんでした。ヨハネは主イエスを「裁き主」として紹介しましたが、主イエスが来られたのは「救い主」としてでした。しかしわたしたちは主イエスを「救い主」としても「裁き主」としても理解し、信じています。主イエスが宣べ伝えた「神の国」の福音に出会い、その恵みの中に招き入れられたわたしたちは、ヨハネ以上に主イエスを正しく知り、理解し、信じています。旧約時代の誰も知ることが許されなかった福音を、わたしたちは知る者とされました。そして信仰的な出来事を見る目を与えられ、心の腰を強められて立ち上げられ、福音を聞く耳を開かれ、罪の汚れから清められ、新しい命に生きる者として、死んでいたのに起き上がらせられました。わたしたちは小さな者にすぎませんが、「神の国」の福音の中で豊かに生きる者とされました。これからもこの福音に生かされて生きていきたいと思います。