7月5日(ルカ6章43~45節)

〔今週の御言葉-私訳と黙想 ルカ6章4345節 口は心に満ちていることを話す〕

 良い木は腐った実を生み出すことはないし、また腐った木も良い実を生み出すことはありません。というのは、それぞれの木は自分の(生み出す)実から知られるからです。茨からいちじくを集めることはなく、やぶからぶどうの房を採ることもありません。

 良い人は心という良い宝箱から良いものを取り出し、悪い人は悪(という箱)から悪いものを取り出します。彼の口は心から溢れ出ることを話すのです。

 ( )は説明のために付加した言葉で原文にはない。

 

わたしたちは日々どのような実を結んでいるだろうかと考えさせられます。愛や喜びといった信仰の実や、人を信仰に導く伝道の実など、どんな実を毎日結んでいるでしょうか。木は生み出す実によって分かるとある通り、わたしたちは自分が生み出す実によって評価されます。かつては悪い実しか結ぶことができなかった悪い木でした。しかし主イエスにつながれて良い実を結ぶ良い木に変えられました。主にしっかりつながることで、豊かな実を結び続けていく者にされていきたいと思います。ルカはこの譬を言葉と結びつけました。口から溢れ出るのは心にあるものだと。わたしたちの心を支配しているのは、どのようなものでしょうか。心を一杯にしているのは、どのようなことでしょうか。つい、うっかりという言い訳が通用しない、心の本音が出て来てしまうことがあります。良い言葉が出て来るためには、心が良いもので一杯にされている必要があります。わたしたちの心を一杯にしているのはどんなものでしょうか。不平、不満、愚痴、不安、心配といったものではなく感謝が心にあるならば、口から溢れ出て来るのは感謝でしょう。そしていつも感謝して生きるためには、キリストの言葉が心に宿っていることが大切です。神の言葉が心を一杯にし、キリストの言葉が心を支配していく時、わたしたちは感謝で一杯にされていきます。そうして愛、喜び、平安といった信仰の実を豊かに結ぶ者とされていきましょう。