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第29課 強くない人の弱さを担う愛

キリストのすばらしさに捕らえられてー使徒パウロの生涯


第29課:強くない人の弱さを担う愛(使徒言行録15章1~29節、2011年9月25日)


《今週のメッセージ:互いの弱さを担って生きる(ローマ15章1、2節)》

 「異邦人にも割礼を受けさせて、モーセの律法を守るように命じるべきだ」という主張によって引き起こされた、混乱と論争を解決するためにエルサレムで会議が持たれました。それは異邦人も割礼を受けてユダヤ人になることで、キリスト者とされるのかどうかが問われたということでした。そしてこの会議では「主イエスの恵みによって救われる」ことが明確にされますが、同時に「偶像に供えて汚れた肉と、みだらな行いと、絞め殺した動物の肉と、血とを避ける」ことが求められます。しかしそれは、「先祖もわたしたちも負いきれなかったくびき」を負わせることで、「神に立ち帰る異邦人を悩ませ」ないという会議の決定と矛盾することにならないでしょうか。この会議で決定されたことは、「イエス・キリストへの信仰によって義とされる」という同じ信仰の中で、しかし異なる文化や生活に生きるユダヤ人と異邦人の双方が、どのようにして信仰の一致と、交わりの一致を保つことができるかということの「生活原理」を明らかにしたということでした。それは、「強い者は、強くない者の弱さを担う」ということで、具体的には、相手の弱さを受け入れて、つまずきを与えない愛の配慮に満ちた生き方をするということなのでした。


1.エルサレム使徒会議とアンティオキア事件・ガラテヤ書の関係

 朝の礼拝で学んでいるパウロの師はガマリエルですが、そのガマリエルの師はラビ・ヒルレルで、彼の父または祖父と見なされていました。当時のファリサイ派はシャンマイ派とヒルレル派の二大派閥に分けられ、ヒルレルはその頭目でした。この両者は、律法の解釈に違いがあり、シャンマイ派が厳格に解釈するのに対して、ヒルレル派は寛容な解釈をするという違いがありました。この二人について、有名なエピソードが残されています。ある異邦人が、シャンマイの許に行き、自分が片足を上げている間に、律法とは何かを教えてくれと聞きにきます。するとシャンマイは、そんなに簡単に律法を教えることなどできないと怒って、手に持っていた定規でその人を追い払います。当時は613もの細かい規定がありましたから、シャンマイの言うこともあながち無理なことではないと言えるかもしれません。しかしそこでその人は、今度はヒルレルの許に行き、同じように聞きますと、ヒルレルはこう答えたと言われています。「自分がしてほしくないことは、人にしてはならない。それが律法のすべてで後は解釈だ。さあ、行って学びなさい」と。主イエスは、「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。これこそ律法と預言者である」(マタイ7章12節)。「人にしてもらいたいと思うことを、人にもしなさい」(ルカ6章31節)と教えられることで、先のヒルレルの言葉を積極的なものに言い換えていかれました。「自分がしてほしくないことは、人にしてはならない」と、「自分がしてほしいことを、人にしなさい」と、表現は違いますが、内容的には同じことです。パウロはこのヒルレルの教えと主イエスの教えの両方を学んだわけですが、それをどのように具体化するかということを、今日は考えていきたいと思います。


 これまで第一回伝道旅行の後に起きた諸問題を見てきました。一つはアンティオキア事件、もう一つはガラテヤ教会の離反です。これらは福音がユダヤ人から世界へと広げられ、異邦人がキリスト者となっていったことの故に生じた問題で、キリスト者がユダヤ人に限定されている間は起こり得ない問題でした。その根底にあることは、異邦人とユダヤ人との関係であり、福音と律法の関係でした。事の発端は、教会に受け入れられていった異邦人キリスト者について、彼らもユダヤ人と同様「モーセの慣習に従って割礼を受けなければ救われない」と主張する者たちがいて(使徒15章1節)、「異邦人にも割礼を受けさせて、モーセの律法を守るように命じるべきだ」と主張されるようになっていったことでした(同5節)。そうした主張が背景となって、割礼を受けてなく律法を遵守していない異邦人キリスト者は「汚れている」として、彼らとの食事(礼拝)における同席を拒むようになり、彼らからしりぞいていったというのが、アンティオキア事件でした(27課参照)。またそのような主張をする偽教師によって、ガラテヤ教会が律法へと舞い戻ってしまったため、パウロが書き送った手紙が『ガラテヤの信徒への手紙』でした(28課参照)。そしてこうした律法を巡る諸々の諸問題を解決するために為されたのが、エルサレム使徒会議なのでした。


 従来どおり「北ガラテヤ説」を取ると、アンティオキア事件とガラテヤ書執筆は、使徒会議の「後」になりますが、そこで矛盾が生じてきます。この会議では、後述する「使徒教令」と言われる決議(20、29節、21章25節)が下されますが、それがパウロの主張と食い違うことになるからです。パウロは、「福音の真理が、あなたがたのもとにいつもとどまっているように、わたしたちは、片ときもそのような者たちに屈服して譲歩するようなことはしませんでした」と断言します(ガラテヤ書2章5節)。ここでパウロが相手にしたのは、ガラテヤ教会に「潜り込んで来た偽の兄弟たち」で、「彼らは、わたしたちを奴隷にしようとして、わたしたちがキリスト・イエスによって得ている自由を付けねらい、こっそり入り込んで来た」のですが、パウロはそこで一歩も退くことなく、福音の真理と自由を守りぬいたと明言します(同4節)。そしてそこでは「同行したテトスでさえ、ギリシア人であったのに、割礼を受けることを強制されませんでした」(同3節)。そしてここでの、ヤコブ・ペトロ・ヨハネとの会談を、エルサレム使徒会議と同一視するわけですが、そうしますと、ここで決議された「使徒教令」と矛盾することになるというわけです。ここでは異邦人キリスト者に、彼らが守るべきとされる「戒め」が押し付けられたように見えるからです。しかしパウロの性格からすると、そのような妥協は絶対にあり得ません。そこでパウロが大げさに自分の勝利を誇張して語ったとするか、この「使徒教令」は、パウロがいなくなってから、エルサレム教会で一方的に決議して、異邦人キリスト者に押し付けたものにしたと理解します。またこのガラテヤ書でも、エルサレム会議で異邦人には割礼を要求しないという決議が下されていたとすれば、当然その決議を持ち出して、パウロは福音の真理と自由を擁護できたはずです。しかしこの手紙では、そのことは一言も触れられていません。そうしますと、この会議とその決議は、どうしてもこの手紙より「後」ということになります。もしその「前」だったら、まさにそのことを触れるはずだからです。なぜならここで問題を起こしていた「偽兄弟」は、「ヤコブのもとから」来た人々(同12節)、つまりエルサレム教会の兄弟たちだったからです。そして彼らが、アンティオキア事件の引き金ともなりました。使徒会議がその前だったら、彼らが拠り所とするヤコブ自身が裁定した決議を許に、彼らに反論することができたはずです。しかしパウロは、アンティオキア事件においても、ガラテヤ教会に対しても、それをしていません。そうであれば、これらの一連の問題の「前」ではなく、むしろその「後」に、会議が持たれたと考えるのが自然です。エルサレム使徒会議は、こうしてアンティオキア教会やガラテヤ教会で問題となった事柄の解決をはかるために持たれた会議だったのでした。


2.「割礼」が求められる意味

 ここで「異邦人にも割礼を受けさせて、モーセの律法を守るように命じるべきだ」と主張された背景には、同じように異邦人伝道に励んでいたユダヤ教の伝道がありました。ユダヤ教でも、会堂に出入りするようになった異邦人のために、「ヤハウェの民として守るべき最少数の律法」を設け、それを守らせることで、ユダヤ人との交わりを可能にすることをはかりました。それが「ノアの律法」と言われるもので、レビ記17~18章に基づいて、「偶像崇拝・神の名をけがすこと、判決への呪い・近親相姦と姦淫・窃盗・殺人・動物を生血のまま食すること」の七つの禁止を内容とするものでした(伊佐正敏、「使徒会議について」、『パウロの伝道活動と神学』所収、ヨルダン社、20頁)。そしてこれによって会堂に出入りする異邦人が区別されつつ、段階的に受け入れられるようになっていました。ユダヤ人と「神を畏れる人々」(使徒13章16、26節)という二種類の区別を紹介しましたが、正確に言うと次の三種類に区別されます。

①ゲール・ハットーシャヴ(朋友)・・・・・・・

②ゲール・ハッシャール(門の改宗者)・・・・・


③ゲール・ハツァデク(義とされた改宗者)・・・

唯一神教的神信仰と十戒を受け入れるが、ユダヤ教の儀礼は受け入れていない人々。

「ノアの律法」、安息日規定、豚肉の禁制、儀礼的断食を守ることを受け入れた人々、ただし割礼は受けない。シナゴーグの祝祭に参加できる。

割礼を受け、すべての儀礼的義務を受け入れた人々、完全な改宗者としてユダヤ人の交わりに受け入れられる(前掲書、40~41頁)。


 ここで「割礼」が主張されるのは、ユダヤ教ではそれによって完全な改宗者として受け入れられたからで、それと同じ規準で異邦人キリスト者を教会に受け入れようとしたということです。こうして異邦人であっても、割礼を受けさえすれば、たとえ民族的にユダヤ人ではなかったとしても、「ユダヤ人」として認められ、受け入れられました。割礼は、それによって神との契約に入り「神の民」の一員とされる、アブラハム以来のユダヤ人のしるしであり(創世記17章9~14節)、その人が真実にまことの神を信じ従うかどうかは、この割礼を受けているか否かによって判断されるという、ユダヤ人のアイデンティティーのようなものでしたから、ユダヤ人キリスト者、それも律法を厳格に守ることを標榜するファリサイ派出身の信者から、そのような訴えが出てくることは、ある意味で当然でした。しかしそれを異邦人にも同じように課す必要があるか否かが、ここで問われたのです。それは、異邦人もいったんユダヤ人になることで、初めてキリスト者となれるということを意味していました。神の恵みと祝福はイスラエルに与えられたのであり、すべての民はイスラエルを通して救われると信じてきたユダヤ人からすれば、それは当然のことですが、果たしてイエス・キリストの福音はそのように民族的な意味でのイスラエルに限定された救いだったのかどうかが、ここで改めて問い直されることになったのです。


3.福音の本質に対する問いと答え

 しかしここで問われた本当の問題は、実は割礼を受けるか受けないかといった外面的な問題ではなくて、そもそも割礼を含む律法を守り行うことによって人は救われるのか否かということで、それは「イエス・キリストの福音とは何か」という本質的な問題がここで問われたということでした。別の言い方をするならば、人は律法を守り行なう、つまり善き業を行い、善行と功徳を積むことで救われるのか、それともまったく一方的な神

の憐れみのゆえに、ただ恵みによって救われるのか、イエス・キリストを信じる信仰によって救われるのかどうかということが問われたのでした。パウロが生涯戦い続けた問題がまさにこのことで、ガラテヤ書で述べられ、ローマ書でさらに深く掘り下げられていくことになります。「人は律法の実行ではなく、ただイエス・キリストへの信仰によって義とされると知って、わたしたちもイエス・キリストを信じました。これは、律法の実行ではなく、キリストへの信仰によって義としていただくためでした。なぜなら、律法の実行によっては、だれ一人として義とされないからです」ガラテヤ2章16節)とパウロは力説しました。それではどうしてキリストへの信仰がわたしたちを義とすることができるのかということについて、パウロはこう語ります。「今や、律法とは関係なく、しかも律法と預言者によって立証されて、神の義が示されました。すなわち、イエス・キリストを信じることにより、信じる者すべてに与えられる神の義です。そこには何の差別もありません。人は皆、罪を犯して神の栄光を受けられなくなっていますが、ただキリスト・イエスによる贖いの業を通して、神の恵みにより無償で義とされるのです。神はこのキリストを立て、その血によって信じる者のために罪を償う供え物となさいました。それは、今まで人が犯した罪を見逃して、神の義をお示しになるためです。・・・今この時に義を示されたのは、ご自身が正しい方であることを明らかにし、イエスを信じる者が義とされるためです」(ローマ3章21~26節)。ここにキリスト教がユダヤ教から大きく脱皮し、「律法から福音へ」と大転換していく転換点が示されました。こうして「人が義とされるのは律法の行いによるのではなく、信仰による」ということが明らかにされました。そこでパウロは問います。「神はユダヤ人だけの神でしょうか。異邦人の神でもないのですか。そうです。異邦人の神でもあります。実に、神は唯一だからです。この神は、割礼のある者を信仰のゆえに義とし、割礼のない者をも信仰によって義としてくださる」(同28~30節)と。


 このようにエルサレムの使徒会議で争点となった問題は、割礼を受けるか否かという外面的な問題だけではなくて、人が救われる(義とされる)のは、割礼ひいては律法を守り行うことによってなのか、それともイエス・キリストを信じる信仰によってなのかという、信仰の本質問題だったのでした。そしてこの会議では、「わたしたちは、主イエスの恵みによって救われると信じているのですが、これは、彼ら異邦人も同じことです」(使徒15章11節)というペトロの結論で衆議一致することになります。ペトロ自身、サマリヤ人・異邦人における福音の進展を目の当たりにし、とりわけ百人隊長コルネリウスの許で彼らユダヤ人と同じ聖霊の賜物が注がれ、聖霊が確かに生きて働いておられる様を見ていました(同10章44~46節)。だから「神はわたしたちに与えてくださったように異邦人にも聖霊を与えて、彼らをも受け入れられたことを証明なさったのです。また、彼らの心を信仰によって清め、わたしたちと彼らとの間に何の差別をもなさいませんでした」(同15章8、9節)と言うことができました。ペトロは、神ご自身から「どんな人をも清くない者とか、汚れている者とか言ってはならない」ことを示されたことで、「神は人を分け隔てなさらないこと」、そして「どんな国の人でも、神を畏れて正しいことを行なう人は、神に受け入れられる」ことを明らかにしたのでした(同10章28、35節)。


4.使徒会議の決定は矛盾した妥協の決定か

 そして聖霊に導かれた会議は、ここで二つの結論を出します。一つは「先祖もわたしたちも負いきれなかったくびき」を負わせることで「神に立ち帰る異邦人を悩ませてはなりません」ということで(同15章19、28節)、異邦人に割礼や律法遵守を課すことはしないという決定です。これによって福音の真理が守られ、自由が確保されました。しかし同時にもう一つの決定を下します。それは彼らが「偶像に供えて汚れた肉と、みだらな行

いと、絞め殺した動物の肉と、血とを避ける」ことを求めるということでした(同20、29節)。この決定を知った異邦人キリスト者は、「励ましに満ちた決定を知って喜んだ」(同31節)のですが、一見すると矛盾した決定にも思えます。一方では「一切あなたがたに重荷を負わせないことに決めました」としながら、他方でそこに「必要な事柄以外」という条件をつけて、「偶像に献げられたものと、血と、絞め殺した動物の肉と、みだらな行いとを避ける」ように「慎む」ことを求めていくからです。割礼を含めた律法の遵守が必要だと考える立場からすれば、この決定は異邦人に最小限度の律法を課すことで彼らに譲歩し、妥協した決定と思われるでしょうし、律法の遵守はもはや必要ないとするパウロからすれば、いかなる義務も、たとえそれがどれほど小さなものであったとしても、それを課せられることは譲歩であり、妥協だといわざるを得ません。ユダヤ教への異邦人改宗者に課せられた「ノアの律法」と比較すると、ここで決められた「使徒教令」は、まるでそれを要約したかのような内容となっています。こうしてこの会議の決定は、ユダヤ教に準じて異邦人キリスト者を受け入れるための妥協の産物だったということになるのでしょうか。


 はっきりさせなければならないことは、この会議で明らかにされたことは、ただ一つ、「わたしたちは、主イエスの恵みによって救われる」ということでした。だからそこで決められたことは、異邦人キリスト者には一切「重荷を負わせない」ということです。ですからここでは、「人は律法の実行ではなく、ただイエス・キリストへの信仰によって義とされる」(ガラテヤ2章16節)ことが明確にされました。何かの行い、つまり割礼を受けたり、律法を遵守することによって救われるのではなく、ただイエス・キリストへの信仰だけがわたしたちを義とし、救うのであり、「人が義とされるのは律法の行いによるのではなく、信仰による」(ローマ3章28節)ことが明確にされました。そして信仰によって救われるのは、割礼を受けたユダヤ人も割礼を受けていない異邦人も同じだということもです(ローマ3章29、30節)。しかしこうして救われたわたしたちには、救われた者としての生き方がありました。それが後半の二番目の決定です。これは、救われるための条件、つまりこのようなことを守らなければ救われないという条件ではなくて、キリストへの信仰によって救われた異邦人キリスト者が、同じ教会で依然として律法に生きているユダヤ人キリスト者と共に主にある交わりに生き、共に礼拝をささげていくことができるために、「配慮」することとして示された事柄でした。ユダヤ人キリスト者と一致して、仲良く同じ教会で生活し、信仰生活を励んでいくためには、異邦人キリスト者がユダヤ人キリスト者に対して配慮し、注意すべきことがありました。それがここでまとめられた事柄です。この会議で決定されたことは、対立する双方が譲歩し妥協したものではなくて、「人は律法の実行ではなく、ただイエス・キリストへの信仰によって義とされる」という信仰の真理が明確に確立されたこと、そしてその同じ信仰の中で、しかし異なる文化や生活に生きるユダヤ人と異邦人の双方が、どのようにして信仰の一致、交わりの一致を保つことができるかということの「生活原理」が明らかにされたということでした。それは、相手の弱さを配慮し、受け入れるということなのでした。


5.信仰の弱い兄弟を受け入れ、つまずきを取り除く

 それが「偶像に供えて汚れた肉と、みだらな行いと、絞め殺した動物の肉と、血とを避ける」ということでした。キリスト者にとって「偶像礼拝」と「みだらな行い」、つまり姦淫を避けることは、いわずもがなですが、ここで「偶像に供えて汚れた肉」についての規定が定められた背景には、異邦人キリスト者が生きている当時の異教文化がありました。偶像礼拝することのないキリスト者も、市場で売られている肉を購入しなければなりませんでしたが、その中には異教神殿で献げられてから取り下げられ、市場に出回ったものがありました。そしてそれを食べるか食べないかということでは、意見が分かれていました。偶像に献げられた肉であっても、関係ないこととして食べる人もいれば、そこにつまずきを覚えて肉を食べない人もいました。なぜならそれは「偶像に供えて汚れた肉」と思われたからでした。どちらも主を愛し、主のためにそうしたのですが、そこで互いに非難し合うようになりました。そんなことに縛られているのは弱い人だと一方が非難すれば、他方はそうして自分を汚し、偶像礼拝をしているではないかと非難しました。偶像から取り下げられた肉を食べるか食べないかということ自体は、信仰の本質的な事柄ではなく、どちらでもいいことですが、それにひっかかりをもち、そこから自由になれない人たちがいました。肉自体が、偶像に供えることで「汚れる」ことはありえないはずですが、それに抵抗を覚える人たちがいたことも事実でした。「しかし、この知識がだれにでもあるわけではありません。ある人たちは、今までの偶像になじんできた習慣にとらわれて、肉を食べる際に、それが偶像に供えられた肉だということが念頭から去らず、良心が弱いために汚されるのです」(1コリント8章7節)。そこでどのような肉を食べようと自由なのだと考える人が、そのことに捕らわれている人の前で食事をした場合、相手はつまずいてしまいます。この信仰のつまずきを避けることが、ここで求められていることなのです。パウロはこの問題に関して、次のように語りました。「わたしたちを神のもとに導くのは、食物ではありません。食べないからといって、何かを失うわけではなく、食べたからといって、何かを得るわけではありません。ただ、あなたがたのこの自由な態度が、弱い人々を罪に誘うことにならないように、気をつけなさい。知識を持っているあなたが偶像の神殿で食事の席に着いているのを、だれかが見ると、その人は弱いのに、その良心が強められて、偶像に供えられたものを食べるようにならないだろうか。そうなると、あなたの知識によって、弱い人が滅びてしまいます。その兄弟のためにもキリストが死んでくださったのです。このようにあなたがたが、兄弟たちに対して罪を犯し、彼らの弱い良心を傷つけるのは、キリストに対して罪を犯すことなのです。それだから、食物のことでわたしが兄弟をつまずかせるくらいなら、兄弟をつまずかせないために、わたしは今後決して肉を口にしません」と(同8~13節)。


 パウロは福音の真理を捻じ曲げ、自由を放棄して、妥協することを求めたのではなく、相手の弱さに配慮し、それに合わせていく在り方を示していきます。「わたしは、だれに対しても自由な者ですが、すべての人の奴隷になりました。できるだけ多くの人を得るためです。ユダヤ人に対しては、ユダヤ人のようになりました。ユダヤ人を得るためです。律法に支配されている人に対しては、わたし自身はそうではないのですが、律法に支配されている人のようになりました。律法に支配されている人を得るためです。また、わたしは神の律法を持っていないわけではなく、キリストの律法に従っているのですが、律法を持たない人に対しては、律法を持たない人のようになりました。律法を持たない人を得るためです。弱い人に対しては、弱い人のようになりました。弱い人を得るためです。すべての人に対してすべてのものになりました」(同9章19~22節)。そしてパウロはこのことについて、「信仰の弱い人を受け入れなさい」(ローマ14章1節)と勧めていきます。互いに信仰のつまずきになることを避ける、それは自発的に自己抑制し、自己制限するということであって、戒律に縛られることではありません。そこでパウロは、「従って、もう互いに裁き合わないようにしよう。むしろ、つまずきとなるものや、妨げとなるものを、兄弟の前に置かないように決心しなさい。それ自体で汚れたものは何もないと、わたしは主イエスによって知り、そして確信しています。汚れたものだと思うならば、それは、その人にだけ汚れたものです。あなたの食べ物について兄弟が心を痛めるならば、あなたはもはや愛に従って歩んでいません。食べ物のことで兄弟を滅ぼしてはなりません。キリストはその兄弟のために死んでくださったのです」と語ります(同13~15節)。そこでの根拠は、主がその人を愛しておられるという主ご自身の愛であり、またその人に対する自分たちの愛です。それは「自分がしてほしくないことは、人にしてはならない」ということの具体化でした。そこでパウロはさらに、「わたしたち強い者は、強くない者の弱さを担うべきであり、自分の満足を求めるべきではありません。おのおの善を行って隣人を喜ばせ、互いの向上に努めるべきです」(同15章1、2節)と勧めていきます。このようにこの会議で決定された事柄の眼目は、信仰の弱い者を受け入れ、配慮して、つまずきを与えないようにするということでした。たしかにこの会議で決定された事柄(使徒教令)は、どこまでも文化的背景を伴った時代制約的なもので、今日のわたしたちを制約するものではありません。しかしそこで明らかにされた原理は普遍的です。それは信仰の弱い者を受け入れ、つまずかせない配慮をするということであり、「弱い人に対しては、弱い人のようになる」ということ、また「強い者は、強くない者の弱さを担う」ということなのでした。


6.「互いの重荷を負い合う」ことで「互いに愛し合う」

 「血を避ける」ことと、「絞め殺した動物の肉を避ける」ことも同じです。ユダヤ人は決して「血」を食べませんでした。それは律法で厳しく禁じられていることだったからです。それは「血は命」(申命記12章23節)であり、「生き物の命は血の中にある」(レビ記17章11、14節)と信じられたからです。血を食べ、飲むとは、具体的には血抜きをしない肉を食べるということです。絞め殺した動物は血抜きをしていませんから、肉と共

に血を食べることになるので、絞め殺した動物の肉を食べることも禁じられたのでした。このことはユダヤ人ではあれば厳格に守った事柄で、このような食生活が異邦人と共に食事をすることを困難にしましたが、ユダヤ人にとっては、これは命を賭けても守るべき事柄でした。しかし異邦人キリスト者はそれに制約を受けるわけではないため、礼拝の度ごとに持たれた共同の会食(アガペー)と、そこで行われた聖餐(ユゥカリスティア)において、このことが問題となりました。ユダヤ人キリスト者は「汚れた」異邦人キリスト者とは一緒に食事ができないし、また異邦人キリスト者もそんな制約はごめんだとユダヤ人キリスト者との会食が困難になってしまいました。そこでは、食物のために信仰による交わりと一致が損なわれようとしていました。そこで、せめて相手が嫌がることはやめようという配慮を示すことで、信仰の交わりを保たせようとしたのです。パウロは、「互いに重荷を担いなさい。そのようにしてこそ、キリストの律法を全うすることになるのです」と勧めました(ガラテヤ6章2節)。それは、共に生きる隣人・兄弟との生きた関わりの中で、相手の弱さを担うということであり、具体的にはその弱さを受け入れて、つまずきを与えない愛の配慮に満ちた生き方をするということです。


 主イエス・キリストがわたしたちキリスト者に与えられた戒めは、「互いに愛し合う」ということでした。そしてわたしたちが互いに愛し合うことこそ、キリストの弟子のしるしでした(ヨハネ13章34、35節)。パウロはこれを受けて、「人を愛する者は、律法を全うしている。愛は律法を全うする」(ローマ13章8~10節)、「律法全体は、『隣人を自分のように愛しなさい』という一句によって全うされる」(ガラテヤ5章14節)と教えました。こうして律法の行いによってではなくて、キリストを信じることで義とされ、救われる信仰こそ、むしろ律法を確立することになります。なぜならその信仰とは「愛の実践を伴う信仰」だからです。「キリスト・イエスに結ばれていれば、割礼の有無は問題ではなく、愛の実践を伴う信仰こそ大切」なのです(同5章6節)。そしてこの「互いに愛し合う」という主イエスの愛の戒めを、わたしたちが具体的に生きるというこ

とが、真実に律法の要求を全うすることでもありました。その中心にあることが「強い者は、強くない者の弱さを担う」ということで、それがこの会議で決められた事柄なのでした。それは、「自分がしてほしくないことは、人にしてはならない」ということ、あるいは「自分がしてほしいことを、人にしなさい」ということを具体化することであり、主イエスがわたしたちに与えられた「互いに愛し合う」という戒めを具体的に生きるということでした。今日の午後、新しい出発を始めようとされている若いお二人がおられます。二人がお互いに対してこれから「自分がしてほしくないことは、人にしてはならない」ということを実践していったら、どれほど素晴らしい家庭を築いていくことができるでしょうか。そしてそれはわたしたちも同じです。わたしたちも、この戒めに生き、それに具体的に生きていくことが求められているのではないでしょうか。それは、「自分がしてほしくないことは、人にしてはならない」ということなのです。