第17課 主イエスに極まる神の憐れみ

キリストのすばらしさに捕らえられてー使徒パウロの生涯

 

第17課:主イエスに極まる神の憐れみ(使徒13 章14~25 節、2011 年6月5日)

 

《今週のメッセージ:忍耐と憐れみの神(ネヘミヤ記9章1 6、1 7 節)》

 ピシディアのアンティオキアの会堂でのパウロの説教は、イスラエルの歴史をたどるものですが、それはまさしく人間の裏切りと罪と背反の歴史でした。しかしまた同時に、その人間の罪と背反にもかかわらず、人間を見捨てられることなく、どこまでも招き続け、憐れみ続け、赦し続けてこられた神の忍耐と赦しと憐れみの歴史でもありました。しかもそれは、神がただ忍耐してきただけというのではなくて、神がイニシアティブをとって、罪深いイスラエルを捕らえ、導いて、着実にご自身の恵みへと向けさせてきた、恵みの神の力強い働きかけの歴史でもありました。そしてこの神の救いの歴史の焦点は、神が約束に従って、ダビデの子孫からイスラエルに救い主イエスを送ってくださったことにありました。イスラエルの先祖アブラハムとダビデは、イエス・キリストへと至る道筋に他ならず、イスラエルの歴史は、イエス・キリストの到来を待ち望む歴史であったことを明らかにするのでした。そしてまさしくこの主イエスこそ、わたしたち人間の罪に対する神の憐れみの焦点でした。神の深い憐れみは、十字架につけられたキリストに極まります。そしてわたしたちをも、この憐れみと赦しと恵みの中へと招き続けてくださるのです。

 

1.伝道から離脱したマルコのその後

 前回は、第一回伝道旅行においてパウロとバルナバがキプロスからパンフィリアのペルゲまで来たとき、二人がエルサレムから連れて来た「ヨハネは一行と別れてエルサレムに帰ってしまった」次第を見ました(使徒13 章13 節)。なぜマルコが途中で帰ってしまったのか、その理由はわかりません。しかし後にパウロとバルナバが、その伝道旅行で生み出した教会を再び訪問しようとした際、バルナバはマルコを再び連れて行くことを願いますが、パウロは途中で「自分たちから離れ、宣教に一緒に行かなかったような者は、連れて行くべきではない」と考え、それに反対します。それにより分裂してしまった二人は、「別行動」をとることになり、バルナバはマルコを連れてキプロスへ、パウロはシラスを連れて第二回伝道旅行へと旅立って行くことになってしまいます(同15 章36~41 節)。マルコが帰ってしまった理由がどうであれ、いずれにしても途中で伝道を放棄したことは間違いなく、それはパウロから、伝道者として不適格であると判断されることになりました。しかしバルナバは、伝道に挫折し、失敗したマルコに、もう一度立ち直るチャンスを与えようとしたのではないかと思います。しかしこのマルコの身勝手な行動が、これまで主のために協力し続けてきたバルナバとパウロの仲を裂き、その関係を損なわせる結果となったことは、残念としか言いようがありません。その後のマルコがどのような人生をたどったかを知ることはほとんどできません。ただ教会の伝承においては、2世紀ヒエラポリスの司教パピアスの著作の中で、マルコが使徒ペトロの弟子として、各地を同行し、彼の話を通訳したことが伝えられています。マルコはペトロのかばん持ちとなって、どこに行くにも一緒に行き、そこでペトロが語る言葉に耳を傾けると共に、それを通訳して人々に語り伝えていったのでした。そこでペトロからは「わたしの子」と呼ばれて信頼され、ペトロの協力者として手紙に名を連ねることになります(1ペトロ5章13 節)。そればかりか、ここで仲違いしたパウロとも後には和解したようで、彼の弟子となってパウロと共同の働きを担っていくことにもなったようでした(コロサイの手紙4章10 節、フィレモン24 節)。そして晩年パウロが投獄されたとき、獄中から「わたしの務めのために役に立つ」(2テモテ4章11節、口語訳、フランシスコ会訳)と語られるほど信頼され、役立つ人物となっていったようでした。そしてまさにこのマルコこそ、主イエスについての最初の福音書を書き記す人物となっていきます。

 

2.裏切ったマルコに対する主の憐れみ

 彼の失敗は実はこれだけではなく、若い頃の言うも恥ずかしい大失敗をしでかしてもいました。マルコにしかない不思議な記事が14 章51、52 節に残されていて、それは主イエスがゲッセマネの園で逮捕され、連行されようとした時、そこに居合わせた弟子たちが皆、散りぢりになって逃げてしまったわけですが、そこに亜麻布一枚をまとっていた青年もいて、人々が彼をも捕まえようとしたとき、慌てて布を捨て、素っ裸で逃げてしまったというものですが、まさしくこの青年こそ、マルコその人であるというのが伝統的な理解です。主イエスが多くの群衆や兵士たちに囲まれて、荒々しく逮捕され、殴りつけられ、縄を打たれ、後ろ手に縛られて引き立てられていったとき、主をお助けするどころではない。主を一人おいて逃げてしまったのでした。大人の弟子たちさえ逃げたのだから、若者の自分が逃げても仕方がないと、自分で自分に言い聞かせる思いで、自分を納得させようとしても、主を裏切ってしまったことの重大さに気づくと、彼は深く苦しみ、悩んだのではないでしょうか。その晩、主イエスは裁判にかけられると、翌日には十字架にかけられ処刑されてしまいました。あのときどうして主をたった一人にしてしまったのかと、逃げたりしないで主をお守りしていたらと、何度後悔したことでしょうか。取り返しのつかないことをしてしまったと悔やんでも悔やみきれない思いが、彼の心を責めさいなんだのではないでしょうか。年を経てからも、若いときのこの失敗を忘れることはできませんでした。そんな思いが、この記事に込められていると思います。

 

 ペトロのかばん持ちとして、どこにでもついて行ったマルコは、ペトロの話を食い入るように聞いたのではないでしょうか。そして主イエスがなさった様々な奇跡や教えに、心がかき立てられる思いで心に刻みつけていったことでしょう。とりわけペトロが、自分も主を裏切り、しかも三回も主を知らないと言ってしまったあの晩の出来事を語るたびに、マルコの心も揺さぶられたのではないでしょうか。自分も同じだ。自分も主を裏切ってしまった。自分も主を捨てた。取り返しのつかない自分の過去を振り返りながら、しかしペトロは言葉を続けたはずでした。しかしその裏切り者のわたしのために、主は十字架におかかりくださり、わたしの罪を取り去ってくださったのだと。「そして、十字架にかかって、自らその身にわたしたちの罪を担ってくださいました。わたしたちが罪に死んで、義によって生きるようになるためです。そのお受けになった傷によって、あなたがたはいやされました」(1ペトロ2章24 節)。その言葉を聞くたびに、そしてそれを通訳しながら語るたびにマルコの心も震えました。「あなたがたは羊のようにさまよっていましたが、今は、魂の牧者であり、監督者である方のところへ戻って来たのです」(同25 節)。その迷い出た羊は自分だ、しかし今は主の許に戻された、マルコは深い感謝と喜びをもって、ペトロが語る主イエスの福音を語り続けていったのではないでしょうか。そして、この福音を一人でも多くの人に伝えたいと思い立ったマルコは、筆をとって、ペトロを通して聞いた主イエスの福音をまとめていきました。それがマルコの福音書なのでした。こうしてマルコは、一度だけではなく二度も失敗しました。一度目は、ゲッセマネの園で主を捨てて、裸で逃げてしまったという、言い逃れようもない大失敗でした。それでも伝道者とされたマルコでしたが、今度は困難な伝道を前にして途中で逃げ帰ってしまいました。どちらも生涯に残る汚点です。そのマルコがそれでもなお赦されて、ペトロそしてパウロの弟子として尊く用いられるようになり、やがて主イエスの福音を書き記すという不朽の業績を残していくことになります。主は、信仰の失敗者、働きの挫折者を、再び役に立つ者にしようと何度でもチャンスを与え、やり直しをさせてくださるのでした。このマルコという人物を見るにつけても、主の忍耐と憐れみがどれほど大きく深いものであるかを思い知らされていきます。何度失敗しても、何度でもやり直しをさせてくださる主の憐れみ深さを、このマルコという人物からうかがい知ることができるのです。

 

3.イスラエルの歴史の焦点

 さてマルコが脱落した後、ピシディア州のアンティオキアに到着したパウロたち一行が、最初に目指したのはユダヤ教の会堂でした。まず会堂に行ってユダヤ人に福音を語り伝えるという伝道は、この先もずっと続けられていきます(13 章5、14 節、14 章1節、17 章1、10、17 節、18 章4節、19 章8節)。当時の安息日礼拝では、律法と預言者の書の朗読の後、その場にいる誰かが奨励をすることになっていましたので、礼拝の責任を持つ会堂長は、パウロたちを指名して、何か話すように促しました。そこでパウロが話したことが16~41 節までまとめられています。この長い説話は全体を三つに区分することができます。まず16 節で「イスラエルの人たち、ならびに神を畏れる方々、聞いてください」と呼びかけるところからが第一段落、次は26 節で「兄弟たち、アブラハムの子孫の方々、ならびにあなたがたの中にいて神を畏れる人たち」と再度呼びかけるところからが第二段落、最後は38 節で「だから、兄弟たち、知っていただきたい」と語りかけるところからが第三段落です。ここでは最初の段落(16~25 節)で語られていることを考えていきたいと思います。ここでパウロが語るのは、これまでのイスラエルの歴史です。名前は出てきませんが、「わたしたちの先祖を選び出し」(17 節)とあるのは、イスラエルの先祖であるアブラハムを指し、そこからヨセフのもとでのエジプト滞在(17 節)とモーセによる出エジプト、四十年の荒れ野の放浪(18 節)、ヨシュアによるカナンの征服(19 節)と士師時代(20 節)、そしてサウルによる王国の開始(21 節)とダビデの登場(22 節)までの、イスラエル二千年の歴史を要約していくのです。しかしそれを語った目的は、これまでのイスラエルの歴史が、どこに焦点をもっているのを明らかにすることでした。その焦点とは「アブラハムの子、ダビデの子、イエス・キリスト」(マタイ1章1節)であるということです。イスラエルの先祖アブラハムと英雄ダビデは、イエス・キリストへと至るための道筋に他ならず、イスラエルの歴史は、イエス・キリストの到来を待ち望む歴史であったことを明らかにするのでした。「神は約束に従って、このダビデの子孫からイスラエルに救い主イエスを送ってくださいました」(23 節)が、この段落での中心です。パウロは、これまでイスラエルが長い間待望し続けてきたメシア、神からの救い主が、ナザレのイエスであったことを明らかにし、主イエスへの信仰を促すのでした。

 

 旧約聖書はネヘミヤ記9章を開きましたが、ここでも天地創造からネヘミヤに至るまでのイスラエルの歴史が振り返られています。その歴史は、栄光に輝く歴史だったわけではなく、ましてや信仰に満ちた神に忠実な神の民の歴史だったわけではないことが明らかにされ、それが悔い改めとなって祈られていきます。それは、これでもかと言うくらいの人間の罪と背反の歴史でした。イスラエルは、自分を救い、自分を憐れんでくださる神に忠実で熱心だったかというと、まったくそうではなく、神への裏切りと不信仰の歴史に他ならなかったことが語られているのです。それでは神は、そのような不忠実なイスラエルを切り捨てられ、見捨てられたのでしょうか。そうではないというのが、イスラエルの歴史でもありました。エジプトの苦役に苦しんでいたとき、そこから神が救い出してくださったことが語られた後、「ところが、わたしたちの先祖は傲慢にふるまい、かたくなになり、戒めに従わなかった。聞き従うことを拒み、彼らに示された驚くべき御業を忘れ、かたくなになり、エジプトの苦役に戻ろうと考えた。しかし、あなたは罪を赦す神。恵みに満ち、憐れみ深く、忍耐強く、慈しみに溢れ、先祖を見捨てることはなさらなかった。彼らが牛の像を鋳て造り、エジプトから救ってくれた神だと称し、背信の大罪を犯したときも、まことに憐れみ深いあなたは、彼らを荒れ野に見捨てることはなさらなかった。昼は雲の柱を取り去ることなく行く手を示し、夜は火の柱を取り去ることなく、行く道を照らされた」のでした(16~19節)。

 

 そして「乳と蜜の流れる地」に招き入れてくださり、そこで豊かに満たしてくださったにもかかわらず、「しかし、彼らはあなたに背き、反逆し、あなたの律法を捨てて顧みず、回心を説くあなたの預言者たちを殺し、背信の大罪を犯した。あなたは彼らを敵の手に渡し、彼らを苦しめられた。彼らが苦難の中から叫び声をあげると、あなたは天にあってそれを聞き、豊かな憐れみをもって、次々と救い手を送り、苦しめる者の手から救い出してくださった。しかし、平穏になると、彼らは再び御前に悪を行ったので、あなたは彼らを敵の手に任せ、その支配下に落とされた。彼らが再び叫び声をあげると、あなたは天にあってそれを聞き、豊かな憐れみをもって彼らを救い出された」のでした(26~28節)。そしてこのようにしめくくられます。「律法に立ち帰るようにと、あなたは彼らに勧められたが、彼らは傲慢になり、御命令に耳を貸さず、あなたの法に背いた。これを守って命を得るはずであったが、彼らは背を向け、かたくなになり、聞き従おうとしなかった。長い年月、あなたは忍耐し、あなたの霊を送り、預言者によって勧められたが、彼らは耳を貸さなかったので、諸国の民の手に彼らを渡された。しかし、まことに憐れみ深いあなたは、彼らを滅ぼし尽くそうとはなさらず、見捨てようとはなさらなかった。まことにあなたは恵みに満ち、憐れみ深い神」と(29~31節)。そこには、神の憐れみが繰り返し語られていきます(17、19、27、28、31節)。それはまさしく人間の裏切りと罪と背反の歴史でした。しかしまたその人間の罪と背反にもかかわらず、人間を見捨てられることなく、どこまでも招き続け、憐れみ続け、赦し続けてこられた神の忍耐と赦しと憐れみの歴史でもありました。しかもそれは、無力な神がただ忍耐してきただけの歴史というのではなくて、むしろ神の方がイニシアティブをとって、罪深いイスラエルを捕らえ、導いて、着実にご自身の恵みへと向けさせてきた、恵みの神の力強い働きかけの歴史でもありました。こうして神の救いの御業は、人間の深い罪と激しい反抗にもかかわらず、途中で頓挫したり挫折することなく、確実に進行していき、ついにはイエス・キリストの到来による救いの実

現に至ったのでした。こうして、人間が神にどれほど逆らい、背こうとも、わたしたちを救おうとされる神の救いの御業は、確実に実現し、着実に進行していったというのが、ここで語られたイスラエルの歴史なのでした。わたしたち人間の歴史には、このように神の力強いダイナミックな救いの御業が、今も確かに働きかけられているのです。

 

4.愛と憐れみの神

 しばらくお休みをいただきましたが、そのほとんどは富士見高原にあるベネディクト修道院にこもっていました。聖ベネディクトの戒律に基づいて営まれている修道院で、毎日早朝から夜まで6回の祈り、礼拝があります。生活の中で祈りをするというよりも、むしろ祈りの枠組みの中で生活が営まれるという、得がたい経験をさせていただきました。そしてこの祈りの生活の中心は、毎日行われるミサにあるわけで、それに参加させていただく中で、毎日繰り返される式文の中のある言葉に心を魅かれました。主の祈りの後、教会の平和を祈る中で、このように祈ります。「主イエス・キリスト、あなたは使徒に仰せになりました。『わたしは平和をあなたがたに残し、わたしの平和をあなたがたに与える。』わたしたちの罪ではなく教会の信仰を顧み、おことばの通り教会に平和と一致をお与えください。」ここで「わたしたちの罪ではなく教会の信仰を顧み」と祈ることに思いが向けられました。もし神が、この場にあってもなおわたしたちの罪を思い出されるなら、そもそもこの食卓に招かれるべくもありません。むしろそこから退けられる者にすぎません。だから「わたしたちの罪を見ないでください」と祈るのです。そしていよいよ拝領する直前に、招きの言葉とそれに対する応答が為されます。司祭が「神の小羊の食卓に招かれた者は幸い」と呼びかけると、それに会衆が「主よ、あなたは神の子キリスト、永遠のいのちの糧、あなたをおいてだれのところに行きましょう」と応じるのです。そしてそこで供される「命のパン」とは、まさしく神の子であり、世の罪を取り除くために屠られた神の小羊ご自身なのです。そこではわたしたちの罪が見過ごされるとか、見なかったことにするということではなくて、罪が罪としてきちんと処断され、処理もされる中で、わたしたちの罪が赦されるという驚くべき恵みが見せられていきます。そしてそのために犠牲となってくださったのが、神の子なのでした。

 

 パウロの説教の焦点は、23 節の「神は約束に従って、このダビデの子孫からイスラエルに救い主イエスを送ってくださいました」にあると述べました。イスラエルの先祖アブラハムと英雄ダビデは、イエス・キリストへと至るための道筋に他ならず、イスラエルの歴史は、イエス・キリストの到来を待ち望む歴史であったことを明らかにしました。そしてまさしくこの主イエスこそ、わたしたち人間の罪に対する神の憐れみの焦点ではなかったでしょうか。憐れんでも憐れんでも背き続け、裏切り続けるわたしたち人間の罪を、ご自身の愛する一人子を送られることによって、解決しようとされた神の愛と憐れみは、まさにこの主イエスにおいて表されています。わたしたちの背きの罪を、この御子に肩代わりさせ、身代わりとして処罰する、この御子の十字架による贖いによって罪を赦すことを成就し、実現してくださったことの中に、神の深い憐れみが表されています。この神の愛と憐れみは、十字架につけられたキリストに極まるのです。そして主を裏切り、棄てたことで苦しんだペトロとマルコを、しかし主は棄てたもうことなく憐れみ、赦して、なおご自身の恵みの中へと招き続けてくださったのでした。「そして、十字架にかかって、自らその身にわたしたちの罪を担ってくださいました。わたしたちが罪に死んで、義によって生きるようになるためです。そのお受けになった傷によって、あなたがたはいやされました。あなたがたは羊のようにさまよっていましたが、今は、魂の牧者であり、監督者である方のところへ戻って来たのです」。同じ主は、わたしたちをも憐れみ、導き続けていてくださっているのです。このことは、遠い時代の別の国の話なのではなくて、わたしたち自身のことではないでしょうか。わたしたちは、神の深い憐れみと忍耐強い招きに対して、誠実に応えてきたでしょうか。わたしたちは、神に熱心で忠実な信仰生活を歩み、神に心を尽くして仕えてきたでしょうか。いいえ。それでは神は、この罪深く不信仰なわたしたちを見捨てておしまいになったでしょうか。お前たちはどうしようもない者たちだと、わたしたちを切り捨ててしまい、祝福を注ぐことをやめてしまわれたのでしょうか。いいえ!わたしたちは神を何度も見捨ててきましたが、神はわたしたちを一度でも見捨てたことはありませんでした。わたしたちは何度も神を裏切ってきましたが、神はわたしたちを一度たりとも裏切ったことはないのです。今、この礼拝に招かれている、この事実からしても、神はわたしたちに対する恵みと憐れみを手控えることなく、むしろ惜しみなく注ぎ続けてくださっていることを表わしているのではないでしょうか。これまでの長い人生の中で、わたしたちはどれだけこの神の恵みに応えて生きてきたでしょうか。どれほど熱心で忠実に歩んできたでしょうか。しかし神は、わたしたちの不熱心で不忠実な歩みにもかかわらず、また罪と背反の繰り返しにもかかわらず、神はわたしたちを見捨てられることなく、また罪人だと切り捨てられることなく、倦むことなく恵みへとわたしたちを招き続け、また力強い御手をもってご自身の救いへと導き続けてきてくださったのです。わたしたちは強くないし、熱心でもないし、忠実でもありませんでした。しかしそのようなわたしたちを、それでも主は忍耐強く受け止めて、憐れみ続け、導き続けてきてくださいました。この主の憐れみ深い招きに応えて、わたしたちも、ペトロ、マルコ、そしてパウロと共に、この恵みと憐れみの主の前に膝まずき、心からの感謝と賛美を献げていきたいと思います。

 

 「わたしの魂よ、主をたたえよ。主の御計らいを何ひとつ忘れてはならない。主はお前の罪をことごとく赦し、病をすべて癒し、命を墓から贖い出してくださる。慈しみと憐れみの冠を授け、長らえる限り良いものに満ち足らせ、鷲のような若さを新たにしてくださる。主は憐れみ深く、恵みに富み、忍耐強く、慈しみは大きい。永久に責めることはなく、とこしえに怒り続けられることはない。主はわたしたちを、罪に応じてあしらわれることなく、わたしたちの悪に従って報いられることもない。天が地を超えて高いように、慈しみは主を畏れる人を超えて大きい。東が西から遠い程、わたしたちの背きの罪を遠ざけてくださる。父がその子を憐れむように、主は主を畏れる人を憐れんでくださる。」