第13課 それぞれの力に応じた助け合い

キリストのすばらしさに捕らえられてー使徒パウロの生涯


第13課:それぞれの力に応じた助け合い(使徒11 章19~30 節、2011 年4月3日)


《今週のメッセージ:分かち合いの豊かさに生きる(2コリント8章1~2節)》

 「愛の実践を伴う信仰」に生きたパウロは、真実の「豊かさ」というものが何かということを考えさせます。マケドニアの教会は裕福だったわけではなく、激しい試練の中で「極度の貧しさ」に陥っていましたが、それにもかかわらず「力に応じて、いや力以上に自分から進んで」献げることで、「人に惜しまず施す豊かさ」に満ち溢れる者となりました。彼らは欠乏してさえいたわけですが、自分の力に応じて「人に惜しまず施す」ことにおいて豊かな者とされていき、それによって真実の豊かさを知る者となりました。それは「分かち合いの豊かさ」に生きるということで、互いが互いの弱さや足りなさを覚え、その不足を補い合うことで互いに豊かにされていくということです。自分の多少のゆとりが他の人の欠乏を補うことができ、そうして助け合って生きるという「分かち合いの豊かさ」を知っていくとき、わたしたちは本当に祝福されていきます。自分の持ち分は減るとしても、それを必要とする人のものとなることで、その人が豊かにされて喜ぶようになり、その喜びを分かち合うことで、自分も豊かにされていくのです。本当の豊かさとは、このように分かち合いに生きることで「惜しまず与える心」に満ち溢れることではないでしょうか。


1.エルサレムの貧しい人たちへの救援物資

 先週は東日本大震災で被災した宮城県下の改革派諸教会を訪問し、その教会の先生がたをはじめ、教会員の方々ともお会いしてきました。そこでわたしたちは、それらの教会を励ますために行ったわけですが、実際は逆にわたしたちが励まされて帰ってきたのだと思います。皆さん社交辞令ではなくわたしたちの訪問を喜んでくださり、暖かく歓迎してくださって、逆に多くの励ましをいただいてきました。亘理伝道所の林先生を訪問したときには、牧師館、会堂、幼稚園の被害状況を伺うと共に、先生が来年引退されてから新しく開拓伝道することにしていた山元地区を案内してくださいました。そこは津波の被害に見舞われて、一面ががれきの山となっていました。言葉も出ないほどわたしたちは立ち尽くしていたのですが、JR 山下駅のすぐ前にあるパン屋を案内してくださいました。そのパン屋は、昨年の11 月に洗礼を受けたばかりの二人の兄弟たちが始めた、お米の粉を使ったパン屋ですが、そこも津波の被害で中はめちゃくちゃのままでした。そしてその兄弟の一人の家が直ぐ近くでしたので、そこも見せていただきましたが、一階は津波の被害で、二階は地震の被害でいずれもめちゃくちゃな状態になっていました。そこで彼ら二人から、これからどうしたら良いのかといったことなどの話を聞かせていただきました。それは時に、ぶつけようのない怒りも含めたとても激しいもので、わたしたちは立ちすくむ思いで、ただそれを聞くことしかできませんでした。そして最後にこれを仙台の教会に持っていってほしいと手渡されたものがありました。それは彼らが焼いたパンで、自分の店はだめになってしまったけれど、ここで挫けるわけにはいかないといって、別のパン屋の釜を借りて焼いたものでした。それを仙台の兄弟たちに渡してあげてほしいと頼まれたので、それを引き受けたのですが、それと同時に、そのパンを一つずつ、わたしたちにもくださって、ぜひ自分たちが焼いたパンを食べてほしいと言われました。わたしたちはとてもいただくわけにはいかないと思い、辞退しようと思ったのですが、それも失礼になるので、とにかく受け取りました。しかし誰も食べられませんでした。しかしこうした彼らに、なんとか自立して、生活を立て直していこうという強い決意と意欲を感じることができ、心が揺さぶられる思いがしました。他の皆さんはやはり食べることができなかったようですが、わたしは仙台に向かう車中の中で、そのパンをいただきました。食べながら涙が出てきました。そこには、自分たち自身が悲惨な状況にありながら、それでも他の兄弟たちを覚え、もっと大変な状況にある人を覚えて、自分も立ち上がり、その人たちをも立ち上がらせよ

うと苦闘する彼らの強い思いを覚えさせられたからでした。まさに「受けるより与える方が幸いである」という主イエスの教えを、文字通り実践している彼らの姿勢は、その後に訪問した教会や先生がたも同じでした。


 夜に辿り着いた仙台教会の玄関には、何かお困りのことがあれば相談に乗るので、遠慮なくご連絡くださいという趣旨の看板が立てられていて、わたしたちが訪問していた間にも実際に来られる方がおられました。こうして多くの教会から寄せられたものは、ただ教会の人々ばかりではなくて、その近隣に住む方々のためにも用いられていました。北中山教会では、坂本先生がご近所に、教会に届けられた救援物資を配って廻って、大変喜ばれただけではなく、これまで疎遠だった方とも関係が良好になったと伺いましたし、さらに東仙台教会では、物資が行き届いていない近隣の家を一軒一軒訪ね歩いて、それを配って廻るというボランティア活動を続けています。仙台教会の祈祷会では、ある姉妹が教会でもらった援助物資を近隣の方に配ったら、それとは別のものを相手からいただき、かえって豊かになったという証しも伺いました。しかしまた物だけではなく、教会の玄関に置かれたトラクトが、今はすぐになくなってしまうということで、生活に必要な物資は足りるようになっていく中で、今度は心のケアが必要になってきていて、心に飢え渇きを覚える多くの人々がいることも覚えさせられていきました。そしてこういった働きによって、今このような厳しい状況にある中、教会が世の光として用いられている姿を目の当たりに見せていただき、大きな励ましをいただいて帰ってきました。受けるだけ、もらうだけではなくて、自分が得ることができたわずかばかりのものをも、それを持たない人と分かち合うところで、共に豊かにされていくという姿を見せていただいて、帰ってきました。今回の訪問で、この「分かち合いの豊かさに生きる祝福」ということについて、思いを深めさせられて帰ってきた次第です。今日はそのことについて考えていきたいと思います。「分かち合いに生きる中での祝福」ということについてです。


 前回は使徒パウロの登場にとってなくてはならないバルナバについて考えました。彼は、タルソスで不遇の中にあったサウロを探し出して、アンティオキアへと連れて行き、そこでの同労者として奉仕へと引き出していきました。「慰めの子」(4章36 節)と呼ばれたバルナバの、こうした慰めに満ちた働きは、困っている人に手を差し伸ばしていくということにおいて、一貫したものでした。エルサレム教会の中にいる貧しい人々のために、彼は自分の財産を献げました。全財産を売り払い、それを教会の共同の財産として献げることで(4章34~37 節)、困っている人に手を差し伸ばしていきました。そしてその働きは、今度はそのエルサレム教会が飢饉に苦しんだときにも差し伸ばされていきました(11 章27~30 節)。この時バルナバはサウロを連れ立って、アンティオキア教会の代表として、教会からの援助の品を届けに赴きます。このアンティオキアの弟子たちが、初めてキリスト者と呼ばれるようになった」のは、こうした慈愛に満ちた兄弟愛に基づく彼らの生き方が、この世の人とも、またユダヤ教の人とも違うことを広く認知されるようになったからではないでしょうか。彼らは世の人とも、またユダヤ教の人とも何か違うと感じさせる、キリストのかぐわしい香りを放つ生き方をし、それを実践していたからこそ、エルサレムの弟子たちでも、他の場所の弟子たちでもない、アンティオキアの弟子たちが、キリスト者・クリスチャンと呼ばれるようになっていったのでした。キリスト者・クリスチャンという呼び方には、この世の人とは何か違うと感じさせる不思議な魅力、キリストのかぐわしい香りが含み込まれていたのであり、その特徴は、慈愛に生きる相互の「兄弟愛」であったということができます。そしてその具体的な姿こそ、飢饉で苦しむエルサレム教会のために、問安使節を立てて救援物資を送るということなのでした。それはクラウディウス帝の時代のことで、ナイル川が氾濫したことでエジプトの穀倉地帯が大打撃を受け、そのため世界中に食糧不足がもたらされたものでした。その影響はユダヤにも及び、安息年と重なったこともあって、46~47 年ごろユダヤは深刻な食糧不足に見舞われたのでした。それにより食料の価格が高騰し、その直撃を受けたのがユダヤの貧しい人々で、エルサレム教会の世話を受けていた貧しい人々は大変困窮することになります。この窮状を知ったアンティオキア教会は、エルサレム教会のために救援物資を送ることにしますが、その使節団の団長がバルナバでした。しかしこれを発案し、教会に提起したのは、実はバルナバだったのではないでしょうか。バルナバ自身が、このことを教会全体に諮り、彼らの祈りと献げ物を携えて、苦しむエルサレム教会へと自ら赴いて行ったのでした。そこではサウロは、どこまでも従属的な存在でしたが、このバルナバの愛の働きとその成果は、サウロの心を動かさずにはおれなかったのではないでしょうか。このエルサレム行きは、サウロに大きな影響を与えたのではないかと想像することができます。サウロが、後に使徒パウロとしてキリスト者たちに信仰者としての生き方を説くとき、こうした経験とバルナバの生き様が、その背後にあったと考えることができます。


2.貧しい人に対する愛の配慮

 パウロは、主イエスに対する信仰というものが、「愛によって働く信仰」であり、兄弟愛として実践され、また結実していくべき「実を結ぶ信仰」であることを繰り返し語っていきます。「自分を過大に評価してはなりません。むしろ、神が各自に分け与えてくださった信仰の度合いに応じて慎み深く評価すべきです。というのは、わたしたちの一つの体は多くの部分から成り立っていても、すべての部分が同じ働きをしていないように、わたしたちも数は多いが、キリストに結ばれて一つの体を形づくっており、各自は互いに部分なのです」という勧めの後にパウロが語ることは、「わたしたちは、与えられた恵みによって、それぞれ異なった賜物を持っていますから」と言って、「施しをする人は惜しまず施し」と説き、さらに「愛には偽りがあってはなりません。悪を憎み、善から離れず、兄弟愛をもって互いに愛し、尊敬をもって互いに相手を優れた者と思いなさい。聖なる者たちの貧しさを自分のものとして彼らを助け、旅人をもてなすよう努めなさい。喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい」というものでした(ローマ12 章3~15 節)。そしてそこから語られていくことが、「互いに愛し合うことのほかは、だれに対しても借りがあってはな

りません。人を愛する者は、律法を全うしているのです。『姦淫するな、殺すな、盗むな、むさぼるな』、そのほかどんな掟があっても、『隣人を自分のように愛しなさい』という言葉に要約されます。愛は隣人に悪を行いません。だから、愛は律法を全うするものです」ということなのでした(13 章8~10 節)。


 後にパウロがエルサレムに上京して、ヤコブ、ペトロ、ヨハネの三人と協議をした際、パウロたちが「貧しい人たちのことを忘れないように」ということが確認されますが、それはパウロ自身これまで「心がけてきた点」であったと明言するとおり(ガラテヤ2章10節)、パウロは貧しく困窮する人々のための働きに尽力していきました。彼は自分が語る主イエスの福音が、「愛の実践を伴う信仰」(同5章6節)であることを、ただ説くだけではなく、それを実践する中で生きていったのでした。三回もの宣教旅行の中でパウロが心がけていったのが、このエルサレム教会にいる貧しい人々への救援金でした(使徒24章17 節)。それをマケドニア州とアカイア州の異邦人教会に呼びかけて集めると、それぞれの教会の代表者と共に、それをエルサレム教会に送る旅に出かけます(使徒20 章3~6節、ローマ15 章25、26 節、1コリント16 章1~4節、2コリント8章1~4節、9章1、2、12 節)。それは危険を伴う命がけの旅行であり(使徒20 章22~24 節、21 章10~13節)、そのことのゆえにパウロはエルサレムで捕らえられ、カイサリアで囚人として幽閉され、被告人としてローマに護送されることにもなりますが、それでもパウロはそれを敢行していきました。このことがパウロにとっては、それほど大切な使命だったからでした。こうしてパウロは、かつてバルナバを通して教えられた、「愛の実践を伴う信仰」ということを、ただ語るだけではなくて、自ら実践していったのでした。そしてその具体化こそ、「貧しい人たちのことを忘れないように」ということだったのでした。


3.本当の豊かさとは分かち合うこと

 自らそのことを実践すると共に、それに生きたパウロは、このような営みについて、次のように語ります。「兄弟たち、マケドニア州の諸教会に与えられた神の恵みについて知らせましょう。彼らは苦しみによる激しい試練を受けていたのに、その満ち満ちた喜びと極度の貧しさがあふれ出て、人に惜しまず施す豊かさとなったということです。わたしは証ししますが、彼らは力に応じて、また力以上に、自分から進んで、聖なる者たちを助けるための慈善の業と奉仕に参加させてほしいと、しきりにわたしたちに願い出たのでした。また、わたしたちの期待以上に、彼らはまず主に、次いで、神の御心にそってわたしたちにも自分自身を献げたので、わたしたちはテトスに、この慈善の業をあなたがたの間で始めたからには、やり遂げるようにと勧めました。あなたがたは信仰、言葉、知識、あらゆる熱心、わたしたちから受ける愛など、すべての点で豊かなのですから、この慈善の業においても豊かな者となりなさい」と(2コリント8章1~7節)。こうしてパウロは、貧しさの中で困窮していたエルサレム教会のために、霊的には彼らに負っている異邦人の教会が、物質的に援助していくことを提唱し、献金を募りましたが、この献金について、「他の人々には楽をさせて、あなたがたに苦労をかけるということではなく、釣り合いがとれるようにする」ためのものだと語ります(同13 節)。「あなたがたの現在のゆとりが彼らの欠乏を補えば、いつか彼らのゆとりもあなたがたの欠乏を補うことになり、こうして釣り合いがとれる」からと(同14 節)。そしてそこで真実の「豊かさ」とは何かについて考えさせていきます。マケドニア州の教会は経済的には決して裕福だったわけではなく、むしろ「激しい試練」の中で「極度の貧しさ」に陥っていました。それにもかかわらず「彼らは力に応じて、いや力以上に自分から進んで」献げることで、「人に惜しまず施す豊かさ」に満ち溢れる者となっていきました。本当の豊かさとは、このように「惜しまず与える心」に満ち溢れることではないでしょうか。アカイア州の教会は、「信仰、言葉、知識、あらゆる熱心、愛」といった霊的な豊かさに溢れていました。それは決して経済的な豊かさや物の豊かさではなく、むしろそれらの点では欠乏してさえいたわけですが、しかしさらにそうなるようにと、パウロは彼らを励ましていきます。それは、マケドニア州の教会が自分の力に応じて「人に惜しまず施す」ことにおいて、もっと豊かな者となっていき、真実の豊かさを知る者とされていったようにということにおいてでした。


 それは「分かち合いの豊かさ」に生きるということです。わたしたちは多くのものを主からいただき、与えられていますが、それらはみな、わたしたちが「互いに分かち合う」ことのために与えられたものでした。主の働きのため、また教会の活動のため、そして隣人の必要のために用いられていくようにと、わたしたちは献げていきます。しかしそれは、ただ経済的なことや物についてのことだけではなくて、なによりもそれによって互いが互いの弱さや足りなさを覚えて、その不足をお互いに補い合うことで、互いに豊かにされていき、そうやって支えあって「共に生きていく」ことに主眼があります。互いが互いの欠乏を補い合い、助け合って生きていき、それぞれに与えられた神の祝福を「分かち合う」ということで、そのことによってわたしたちは真実に豊かな者とされていくのです。そこでの眼目は「分かち合う」ことにあります。自分の多少のゆとりが、他の人の欠乏をいくらかでも補うことができ、そうして助け合って生きていくことができるという、そのような「分かち合いの豊かさ」を知っていくとき、わたしたちは本当に祝福されていきます。自分のためにあれもこれもと一人占めするよりも、それを分かち合うことの方が、ずっと幸せで豊かにされていきます。たしかにその分、自分の持ち分、取り分は減りますが、減ったその分がそれを必要とする人のものとなることで、その人が豊かにされて喜ぶようになり、その喜びを分かち合うことで、自分も豊かにされていくことになります。マケドニア州の教会は、「彼らは力に応じて、また力以上に、自分から進んで、聖なる者たちを助けるための慈善の業と奉仕に参加させてほしいと、しきりに願い出た」とあるように(3節)、試練と困難の中にあってもなお、「その満ち満ちた喜びと極度の貧しさがあふれ出て、人に惜しまず施す豊かさになった」のでした(2節)。ある人は「一生を終えて後、我々に残るものは、我々が集めたものではなく、我々が与えたものである」と語りました。


4.主イエスの姿を見つめながら

 パウロはここで主イエスご自身のあり方を見つめさせていきます。「あなたがたは、わたしたちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は豊かであられたのに、あなたがたのために貧しくなられた。それは、主の貧しさによって、あなたがたが豊かになるためだったのです」と(9節)。主がわたしたちのために自分自身を献げてくださったのです。その主の愛を感謝し、その憐れみに応えて自分自身を献げていくこと、この感謝と献身こそがわたしたちの信仰ではないでしょうか。そのようにわたしたちが生きていく前提に、主ご自身の献身があります。そしてパウロは「神からいただいた恵みを無駄にしていけません」と勧めました(同6章1節)。神は、このようにわたしたちが慈善の業に励むことで、一人一人がまたお互い同士が真実に豊かな者とされていくようにと、わたしたちの必要を満たしてくださり、さらに他の多くの必要のために献げることができるようにもわたしたちを満たして、献げさせてくださるのです。「その施しは、わたしたちを通じて神に対する感謝の念を引き出します」(同9章11節)とあるように、この感謝は、もちろんそれを受けた者たち、もらった者たちの感謝ですが、また同時にそれを献げることがで

きた者たちの感謝でもあります。いやいやながら強制されて献げるのではなく、喜んでまた信頼して献げる者の恵みがここにあります。ですから献げることができるということ自体が、実は本当に大きな神の恵みで感謝なことなのです。これによりわたしたちは、神からの恵みを自分一人のために独占し、浪費する空しい生き方から、他の人のために豊かに用いていく豊かな人生へと招かれていくのです。


 今朝の招きの言葉は、マラキ書から、「十分の一の献げ物をすべて倉に運び、わたしの家に食物があるようにせよ。これによって、わたしを試してみよと、万軍の主は言われる。必ず、わたしはあなたたちのために、天の窓を開き、祝福を限りなく注ぐであろう」と(3章10節)。それは「つまり、こういうことです。惜しんでわずかしか種を蒔かない者は、刈り入れもわずかで、惜しまず豊かに蒔く人は、刈り入れも豊かなのです。各自、不承不承ではなく、強制されてでもなく、こうしようと心に決めたとおりにしなさい。喜んで与える人を神は愛してくださるからです。神は、あなたがたがいつもすべての点ですべてのものに十分で、あらゆる善い業に満ちあふれるように、あらゆる恵みをあなたがたに満ちあふれさせることがおできになります。『彼は惜しみなく分け与え、貧しい人に施した。彼の慈しみは永遠に続く』と書いてあるとおりです。種を蒔く人に種を与え、パンを糧としてお与えになる方は、あなたがたに種を与えて、それを増やし、あなたがたの慈しみが結ぶ実を成長させてくださいます。あなたがたはすべてのことに富む者とされて惜しまず施すようになり、その施しは、わたしたちを通じて神に対する感謝の念を引き出します。なぜなら、この奉仕の働きは、聖なる者たちの不足しているものを補うばかりでなく、神に対する多くの感謝を通してますます盛んになるからです」(2コリント9章6~12節)。こうして神は、わたしたちが真実に豊かに生きる者となるために、溢れるほども恵みを注いでいってくださるのです。そしてその恵みとは、分かち合うことの中で生きる豊かさです。ある人は「一生を終えて後、我々に残るものは、我々が集めたものではなく、我々が与えたものである」と語りました。わたしたちは、惜しまず与えることで「分かち合いの豊かさ」に生きることにより、本当に豊かに生きる祝福へと導かれていきたいと思います。