第12講 人間となられた神の「独り子」への賛美の言葉

 「わたしたちは何を信じるのか」 -信仰の基礎を見つめる二年間(ニカイア信条に学ぶ)


第12講:人間となられた神の「独り子」への賛美の言葉 (ヘブライ4章14節~5章10節、2012年4月1日)


【今週のキーワード:独り子】

 ニカイア信条は、「神の子」と「独り子」とを区別して、主イエスを「独り子である神 の子」と告白します。この二つの言葉は、別々の信仰告白として発展していったものでし た。主イエスを「神の子」と告白するだけではなくて、「独り子」でもあると告白する必 要が生じたためでした。それは、主イエスは「神の子」ではあるけれども神ではない、御 父が創造したものにすぎないという誤った教えが流布するようになったからでした。こ こで問題とされるのは、御子を被造物にするということです。しかしもし御子が被造物に すぎないとしたら、わたしたちは神ではないものを礼拝するということであり、それは 偶像礼拝です。しかしそれ以上に問題なのは、被造物にすぎないものが本当にわたしたち を救うことができるかということです。主イエスを「独り子である神の子」と告白すると は、この方が「永遠の神の永遠の御子」として、他とは比べることができないほど御父と の独特な関係にある方であることを表し、主イエスは栄光に輝く神ご自身であることを意 味するものでした。この栄光に輝く栄光の主が、天の栄光の御座を捨てて、わたしたちの ために降り、肉をとってわたしたちと同じ人となってくださいました。「神は、その独り 子をお与えになったほどに、世を愛された」。それはわたしたちの罪の贖いを成就する ためでした。そこに現された主の愛と恵みを賛美する言葉こそ、「独り子である神の子」 という告白なのです。


1.植村・海老名キリスト論論争

 日本が二十世紀に入ったばかりの1901年(明治34年)、「日本にキリスト教が移入さ れて30年にみたない幼少の時期」1に、日本キリスト教史上重要な「植村・海老名キリス ト論論争」が起こり、両者の間で半年に渡る論戦が繰り広げられました。一方は本郷教会 牧師海老名弾正、対するは一番町教会(現富士見町教会)牧師植村正久で、そこで問題と なったのは、「キリストを神と認めるか、単なる人に過ぎないとするかというキリスト論 を巡るもの」でした2。この論争はそれぞれが主宰する雑誌上で戦わされ、日本中のキリ スト教界人が注目すると共に、その後の日本のキリスト教の福音理解に大きな影響を与 えるものとなります。結論から言えば、「事実上、植村の主張にそった『福音主義』が、 キリスト教の本質をなすものであり、またキリスト教会がその拠って立つところの基礎たる真理であることが、日本の教会全体によって確認された」ということでした3。植村は 「我輩は神、人になりて世に下り、十字架に死して人の罪を贖いたるを信ず。而して我輩 の信ずるイエス・キリストは生ける神のひとり子にして、人類の祈りを受け、礼拝を受く べきものなり。キリストは人類より、この上無き崇敬と愛を受くべきものなり。この信仰 を主張し、この信仰を人に伝えるをもって主義とするは我輩の伝道なり」と主張しました 4。


 それに疑義を呈したのが海老名で、海老名の考えは次のようにまとめることができま す。「彼(海老名)は神とキリストの関係を父子有親の関係という自己の宗教的意識から とらえた。神との父子有親の関係にある自己を再発見した彼は、その関係の理想的極致 をキリストの中にみた。その意味で、神はキリストの中にあり、キリストは神の中にあ る。キリストは『神と本体を同うするもの』、『神に対しては人、人に対して神であ る』。しかしそのことは必ずしも、植村がいうように、キリストが神であることにならな い。キリストが神であれば、人間ではなく、そのような人間と隔絶された存在が人間の救 いにかかわることはあり得ない。・・・海老名においては、キリストは神であって人間で あるという伝統的なキリスト論の逆説的論理は理解されず、無視されたのである。彼にお いては、キリストは万人に普遍的な、神との父子有親の関係に生きるという宗教的意識を 究極的に具現し、神との合一に生きた宗教的人格であった。したがって、『我等と基督と の相違は本来の性格にあらずして、唯発達の差』に過ぎない。つまり、神とキリストとの 関係は唯一の神における固有の関係といった伝統的な三位一体論によってとらえられず、 神と人間の一般的な関係の宗教的極致といった人間論の問題とされた」5。そこでは「キ リスト・イエスは主また救い主ではなく、万物に遍在する天理を宿す人間の内在的本性を 明らかにし、天理と合一することを実現した一宗教的人格に過ぎなくなる」のであり、 「ここに海老名の自由主義神学の基本的問題があった」ということです6。そしてこのよ うな海老名に対して植村は、「海老名氏は基督の神格を信ぜざるなり。その基督教は基督 を宗にせず、これを崇拝するものにあらず。我輩は基督の神たるを信ず。基督は人となり し神なり。余輩は基督の内在を信ず。余輩は基督を礼拝し、又之に祈りを捧ぐ」と訴えま す。海老名にとってキリストは最も卓越した宗教的人格として、父により神の子とされた 理想的存在ではありますが、しかし結局は単なる人間でしかありません。そこで植村 は、「海老名氏は基督を師表として仰ぐのみ。余輩は然かのみならず、之を救主なりと信 ず。・・・更に進んで罪の赦し、甚だ重要なりと信ず。海老名氏は基督に学ぶを重んぜら る。余輩は生死共に之を信じ、之と結び、之に依り、之に一任するを尚ぶ」7と明言する のでした。こうして日本のキリスト教史に刻まれた出来事の遠因をたどると、今回の主題となります。


2.御子は御父によって造られた「被造物」であるとの主張

 前回は「神の子」について考えました。ニカイア・コンスタンティノポリス信条のこの 部分を、「独り子である神の子」と訳しましたが、参照した22種類の内20種類の翻訳 は、「神の子」と「独り子」という二つの言葉を区別せずに一つにして、「神の独り子」 とまとめて訳しています8。皆さんもこの二つの違いが分かりにくいのではないかと思い ます。主イエスを「神の子」と言うのと、「独り子」というのと、どう違いますかと聞か れたら、どのように答えるでしょうか。おそらく同じ意味で理解してこられたのではない かと思います。しかしニカイア信条では、わざわざ別の言葉を使って、この二つが区別さ れていますし、そもそも主イエスが「神の子」であるということと、「独り子」であると いうこととは、別々の信仰告白として発展していった歴史的経緯がありました9。ですか らこの二つは区別して併記する必要がありますし、この二つの言葉が意味する信仰の内容 をきちんと読み取っていく必要があるのです。原ニカイア信条(325年)でも、「神の 子、父から生まれた独り子」と区別されています。どうしてこの二つを区別する必要があ るかというと、これらの信条がまとめられるようになった4世紀には、ただ主イエスを 「神の子」と告白するだけでは、正しい信仰告白とならなくなっていたからです。主イエ スは「神の子」であるだけではなくて、「独り子」でもあると言わないと、本当の意味で 正しい信仰とは言えなくなっていました。それがどういうことかということは、原ニカイ ア信条の最後に加えられた呪詛条項(アナテマ条項)を見ると分かります。そこではこの ように述べられています。「(御子が)『存在しない時があった』とか、『生まれる前は 存在しなかった』とか、『存在しないものから造られた』とか、神の子は異なる実体や 本質から成るとか、神の子は変化し変異すると言う者たちを、公同の教会は呪詛排斥し ます」。「公同の教会は呪詛排斥」するとは、論争相手を呪い、排除するということで すから穏やかなことではありません。しかしそれほどの激しい言葉を用いて相手を排除し なければならないほど、このことはキリスト教信仰が立つか倒れるかというほどに重要な 真理問題でした。こうした誤った信仰を吹聴する輩は、心を鬼にしてでも教会から排除し なければならないと言わしめるほど、重大な誤った教えだからでした。なぜなら、それは わたしたちの救いが成り立つかどうかという、信仰の根幹に関わることだったからです。 枝葉末節のつまらない問題について、小さな違いをことさら大きくして、互いに相手をあ げつらう「くだらない争い」といった問題ではなく、このことを曖昧にし、放置したら、 教会の真理が損なわれ、キリスト教がキリスト教ではなくなるほど大きな問題でした。だ からこのことのために世界で最初の公会議が開催され、正しい信仰基準が制定されたのです。それが325年のニカイア会議であり、原ニカイア信条でした。

 

 それではどのようなことがそこで争われたのでしょうか。このように主張する人たちが いました。「(御子が)『存在しない時があった』とか、『生まれる前は存在しなかっ た』とか、『存在しないものから造られた』とか、神の子は異なる実体や本質から成る とか、神の子は変化し変異する」という主張です。主イエスは、「神の子」というからに は、父から生まれたわけです。そのことを原ニカイア信条では、「(主は)神の子で、父 から生まれた独り子、父の本質から生み出されました」と告白し、ニカイア・コンスタ ンティノポリス信条では、「〔主は〕独り子である神の子、すべての時に先立って父から 生まれた」と告白します。この「御子は御父から生まれた」という表現は、詩編2編7節 (およびそれを引用する使徒13章33節とヘブライ1章5節、5章5節)の「お前はわた しの子、今日、わたしはお前を生んだ」が聖書的根拠となっているものですが、同時にそ れは「神学的論理による思考の生産物」でもあります10。通常の感覚で言えば、「生まれ た」とすれば「生まれる前」があったはずで、生まれる前は存在するはずがありません。 そうしますと、父も父ではない時があったということになります。わたしには二人の子供 がいますが、この子たちが生まれる前から、わたしは父親だったわけではなく、彼らが 生まれて、初めてわたしは彼らの「父」となりました。それは神も同じではないかという ことです。「(御子が)『存在しない時があった』とか、『生まれる前は存在しなかっ た』」とはそういう意味で、別の言い方をすれば、「父」も「『存在しない時があった』 とか、『生まれる前は存在しなかった』」ということになります。そのことを主張した代 表者がアレイオス(アリウス)でした。彼は次のように主張しました。「ですから『生ま れる』、あるいは『創られる』、あるいは『定められる』、あるいは『立てられる』前 には、〔御子は〕存在しなかったのです。〔御子は〕生まれざる者ではないからです。故 に、『御子は元を持つが、神は元なしの者である』と主張する」と11。アレイオスにとっ て御子は、「神の完全なる被造物」であり、「神の意思によって時間に先立ち代々に先 立って造られた」者でした。「〔御子は〕永遠の者でも、御父と共に永遠の者でも、御父 と共に生まれざる者でも」なく、「御父から生まれた者、代々に先立って創られた者、立 てられた者として生まれる前には存在していません」と考えられました12。


 このアレイオスに反論したのがアレクサンドリアのアレクサンドロスで、彼によれば、 アレイオスは次のように主張したと考えられました。「神は常に父であられたのではな く、神が父ではなかった時があった。神の言は常に存在したのではなく、存在しないも のから作られたのである。実に、神である方が、存在しなかった〔言〕を無から造られたのである。それ故、〔言〕が存在しなかった時がかつてあったのである。実に、御子 は被造物であり、造形物である。〔御子は〕本体(ウシア)に即して御父と似たものでは なく、本性(フュシス)によって御父の真に言であるのでもなく、〔御父〕の真の知恵で あるのでもなく、ただ単に造形物ならびに形成物の一つであり、間違って言並びに知恵と 言われるが、〔御子〕自身も神の言そのもの、並びに神の内なる知恵そのものによって作 られたのであり、神は〔知恵〕によって万物と〔御子〕とを造られたのである。それ故、 〔御子は〕すべての理性的〔被造物〕と同様に、本性的に変化、変易するものである。言 は、神の本体(ウシア)とは異質のもの、別のもの、区別されるものであり、御父は御 子にとって見えない方である。実に、言は御父を完全かつ正確に知っておらず、〔御父〕 を完全に見ることもできないのである。実に、御子は〔御父〕の本質そのものを、ありの ままに分かっているのでもないのである。まさに、我々のために造られたのである。それ は道具のように彼を通して神が我々を造るためである。もし神が我々を造ることを望まな かったなら、彼が実在することもなかったのである」13。そこで「悪魔が変化したよう に、神の言も変化し得る」のであり、「作られ、創造されたものである以上、本性的に 変化する」とアレイオスが主張していると考えました14。


3.御子の御父からの永遠の誕生

 そしてこれに対してアレクサンドリアのアレクサンドロスは次のように反論します。 「私たちは唯一の主、神のひとり子イエス・キリストを信ずる。彼は無から生まれたもの ではなく、父であるかたから生まれた。その誕生は肉体の誕生のようなものではなく、 説明しがたく、名状しがたい誕生である。・・・私たちは、子が父と全く同じように不 変にして、何ものをも必要とせず、完全なかたであり、父と同様なものであると言ってい る。子が父に劣っている点は生まれざる者ではないという点のみである。なぜなら、子は 父の全き像であり、異なる点はいささかもないからである」15と。


 このような主張はアレイオス以前からあり、それに対して様々な人が反論してきまし た。エイレナイオスはこう反論しました。「『父』は主であり、『子』〔神の子〕も主で あり、また、『父』は神であり、『子』も神であります。何故なら、神から生まれたもの は神だからです。神はその存在と力の本質によれば、『一』ですが、同時に、わたしたち 〔人類〕の贖いの『働き手』としては、神は『父』でも、『子』でもあります。万物の 『父』は目に見えず、被造物にとって近づき得ぬ方ですから、神に近づこうとする人々 は、『子』によって『父』に近づかねばなりません」16。オリゲネスはこの「御子の誕 生」が永遠のものであることを語ります。「我々は、神が常にそのひとり子の父であると知っている。〔子は〕父なる神ご自身から生まれ、その存在を神ご自身から受けるが、こ の誕生には始まりがない。・・・実に、光から輝きが永久に生ぜしめられるように、御 子の出生は永遠、永久の出生なのである。即ち、御子は、外部から〔来て〕聖霊を通して 神の養子とされることによって子とされるのではなく、本性上『子』なのである」17。な ぜなら「神にあっては、永遠に『きょう』なのです。・・・神にとって夕べもなく、朝も ありません。あえて言えば、初めもなく、永遠に続く神の生命に併存する時は、神にとっ て『きょう』なのです。そこに御子は生まれます。ですから、御子の誕生の日も見いだす ことはできないのです」18。わたしたちは、「世の成らぬさきに、既にいまして、父の愛 より、生まれしみ子は、アルファまたオメガ、永久にいます主、栄光、神にあれ」と賛美 しますが19(『讃美歌21』245番)、アルファ・オメガとはギリシャ語のアルファベット の最初と最後の語で、それは「わたしはアルファであり、オメガである。最初の者にし て、最後の者。初めであり、終わりである」と言われていることに由来します(黙示録 22章13節、21章6節、1章8節)。それは主イエスが「最初の者にして、最後の者。初 めであり、終わりである」ということで、つまり初めも終わりもない方であるということ です。


 そこで「『〔御子が〕存在しなかった時がかつてなかった』も、不正確な表現とみな すべきである。というのは、『・・・時』とか『かつてなかった』とかいう言葉自体が時 間的意味をもっているが、父と子と聖霊に関して言われることは、あらゆる時間、あらゆ る代、あらゆる永遠を超えているものと理解されねばならないからである。実に、時間的 理解のみならず、永遠的な理解をも、ことごとく凌駕している唯一のものこそ、この三位 である。三位以外の他のすべては、代々と時間によって測定されうるものである」20。御 子が御父から「生まれた」という表現は、御子が御父の後で生まれたということを意味 するものではなく、神の過去における出来事を意味するものでもありません。わたした ち被造物は時間の中で存在するものとして造られましたので、時間という制約の中に生き ていますが、「神にとっては、すべてのできごとが永遠の今において、常に現在のもの」 です。ですから御子が御父から「生まれた」とは、「第一位格のお方はいつも御子に対す る御父であり、第二位格のお方はいつも御父に対する御子であるという永遠の関係を示 している」ということです21。オリゲネスはそのことを、御子の「永遠の誕生」という言 い方で表現したのでした。そこでローマのディオニシウスは、「御子は造られたものであ るとみなし、生成されたものらの一つのように、主は生成されたと考える者らをも非難し なければならない。神の託宣は〔御子〕に相応しく適した誕生について証言しており、形 成とか創造については証言していないのである。主は手で造られたものの一種であると主張するのは、単なる冒瀆ではなく、最大の冒瀆である。実に〔主が〕御子に生成された とすれば、存在しなかった時があった〔ことになる〕。しかし〔主〕ご自身が言っておら れるように、御父のうちにおられる(ヨハネ14・10)とすれば、いつも存在し、キリス トは言と知恵と力であるとすれば、これらは神の力として存在するものである。そこで、 もし〔ある時〕御子は生成されたとすれば、これらすべてのものが存在しなかった時が あった〔ことになり〕、これらのものなしに神が存在しなかった時があった〔ことにな る〕。これは全く道理に合わないことである。・・・神の託宣の中でしばしば、御子は 生まれたと言われているが、どこにも生成されたとは言われていないのである。ここから も、大胆不敵にも、神的で名状し難い御子の誕生を創造と主張する者らは、主の誕生に ついて誤って理解している者らであることが明確に論証されるのである」22と主張しまし た。


 さらにオリュンポスのメトディオスは、「お前はわたしの子、今日、わたしはお前を生 んだ」(詩編2編7節)という御言葉について、「ここでご自分の子が何らの限定なし に、そして時間なしに存在しておられることを、神が宣言しておられることに注意しなけ ればならない。『お前は子である』と言っており、『お前は子となった』とは言ってはい ないのである。これは、最近になって養子縁組によって子とされたのではなく、かつて 〔子として〕存在していたが、後にそれが終りを迎えたのでもなく、むしろ、かつて生ま れ、今もいつもつねに子として生まれ続けることを明らかにしているのである。また『今 日、わたしはお前を生んだ』ということは、代々に先立って天上に存在していた〔この 方〕を、この世に生むことをも〔神は〕望まれたこと、つまり、かつては知られずにいた 〔この方〕を知られるようにされるということである」23と主張しました。ここで問題と されたことは、「御子が御父から生まれた」ということを人間と同じ次元で理解し、そ れを時間の中で理解しようとしたことでした。時間も、父と子と聖霊なる神が創造した 被造物であって、神ご自身は自分が創造した時間に制約されたり、その束縛を受けること はありません。ですから「御子が御父から生まれた」というのは、過去の一時点での出 来事を意味するものではなく、あくまでも永遠の次元でのことです。別の言い方をするな ら、御父は永遠に御子を生み続けておられるのであり、子の「永遠の誕生」が告白されて いるのです。この「御父が御子を生む」とは、あくまでも両者の関係を意味するもので、 それは永遠の関係です。永遠の昔から御父はずっと御父であられたし、御子もずっと御子 であられました。そしてこの御父と御子という関係は、永遠に続くのです。


4.神の子を「独り子」と信じる信仰

 しかしこのようなお話を聞いて、皆さんはいささか頭がくらくらする思いの中で、こん な抽象的な議論が、わたしに何の関係があるのかと思いながら聞いておられたのではない かと思います。しかしここできちんとわきまえていただきたいことは、ここで問題とされ ていることは、御子を被造物にするということです。御子が、時間の中のある時点で御父 によって生み出されたとすれば、それは御父が御子を創造したということであり、つまり 御子は神ではなく、被造物にすぎないということになります。しかしもし御子が被造物に すぎないとしたら、わたしたちは神ではないものを礼拝しているということであり、被造 物を神として拝んでいる、つまり偶像礼拝をしていることになります。しかしそれ以上に 問題なのは、被造物にすぎないものが、果たして本当にわたしたちを救うことができるか という問題です。しかもこうした主張は過去の問題ではなくて、今日に至るまで継続して います。その一つが「エホバの証人」です。彼らはこうした教えを継承して、今でも正統 的な教えと教会に対抗しながら伝道します。彼らによると「イエス・キリストははるか遠 い昔に、エホバ神によって最初に造られたものであり、エホバが直接に造った唯一のお方 ということになっています。そしてイエスはこの地上に下って来られる前は、御使いのか しらミカエルだったというのです。このようにキリストを被造物にすることによって、 『エホバの証人』はキリストの神性を否定し、神以下の存在にしようとしています」24。 「イエスは霊の被造物として天におられ、エホバと特別な関係にありました。イエスはエ ホバの最も大切な子でした。・・・イエスは神による最初の被造物だったので、『全創造 物の初子』と呼ばれています*。このみ子が特別であることには別の理由があります。 『独り子』なのです。つまり、神から直接に創造されたのは、み子だけでした。・・・み 子は神によって創造されました。ですから当然、み子には始まりがあります。一方、エホ バ神には始まりも終わりもありません。・・・聖書は、父がみ子より偉大であることを はっきり示しています」。そして文中の「全創造物の初子」に注*がついていて、このよ うに記されます。「エホバは創造者であられるので、父と呼ばれています。イエスは神に よって創造されたので、神の子と呼ばれています。それと同じ理由で、他の霊の被造物も 人間アダムも、神の子と呼ばれています」25。この教団の創設者チャールス・ラッセル は、「四世紀の異端アリウス派に倣って、イエスは神ではない」と主張しました26。彼ら はキリストの神性を否定し、『全創造物の初子』であるゆえに神の子と呼びます。主イエ スが神の子ではあっても神ではなく、ただの被造物にすぎないとしたら、わたしたちの救 いは成り立ちません。イエスは理想的人間であり、わたしたちの模範でしかないというこ とになります。そこには罪の贖いも赦しもありません。だから主イエスは神の子であり、 また独り子でもあると告白する必要があるのです。


 主イエスが単に「神の子」であるだけではなくて、「独り子」と呼ばれる必要があるこ とについて、『ハイデルベルク教理問答』では、次のように述べられています(問33)。 「わたしたちも神の子であるのに、なぜこの方は神の『独り子』と呼ばれるのですか」 という問いに、「なぜなら、キリストだけが永遠の本来の神の御子だからです。わたした ちはこの方のおかげで、恵みによって神の子とされているのです」と答えます。このよう に、主イエスが「独り子」と呼ばれるのは、この方以外にも存在する「神の子」に対し て、主イエスだけが父と独特の関係にある「独り子」であることが明らかにされるためで した。このように「『独り子』に重点を置くのは、神から生まれた他の者たちとの区別 をはっきりさせるため」でした。つまり「独り子は父との唯一の関係、本質の同一を表 わす」ものでした27。そのことをはっきりさせるために、ニカイア・コンスタンティノポ リス信条では、「〔主は〕独り子である神の子」と告白した後、「すべての時に先立って 父から生まれた、(神からの神、)光からの光、まことの神からのまことの神、造られ たのではなく生れ、父と同じ本質であって」と続けられていきます。こうして「イエス・ キリストを『神の独り子』といっているのは、彼自身が神であり、神の子であり、しかも 神の独り子として、唯一なる神ご自身以外の何ものでもない」ということを告白するとい うことなのでした28。このように「ニカイア信条の『独り子』という言葉は、キリスト教 信仰にとって、きわめて重要な意味を持っています。もし、この言葉が受け入れられない なら、福音そのものが存在しなくなると言っても良いのです」29。


5.十字架にかけられた神の独り子を仰ぎつつ

 福音書、とりわけヨハネは、永遠の神の永遠の御子である栄光の神が、肉をとって人間 となられた神秘と、そこに現されたわたしたち人間に対する神の愛を賛美していきます。 「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父 の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。わたしたちは皆、この方の 満ちあふれる豊かさの中から、恵みの上に、更に恵みを受けた。恵みと真理はイエス・キ リストを通して現れたからである。いまだかつて、神を見た者はいない。父のふところに いる独り子である神、この方が神を示されたからである」と(ヨハネ1章14~18節)。 「神は、独り子を世にお遣わしになりました。その方によって、わたしたちが生きるよう になるためです。ここに、神の愛がわたしたちの内に示されました。わたしたちが神を愛 したのではなく、神がわたしたちを愛して、わたしたちの罪を償ういけにえとして、御子 をお遣わしになりました。ここに愛があります」と(1ヨハネ4章9、10節)。この十 字架につけられた神の御子を見上げつつ、アタナシオスは感謝をもって賛美しながら、次 のように語りました。


 「救い主ご自身が、『私を見よ、私である、私は変わることがない』(ルカ24章36 節、マラ3章6節)と言われ、パウロも、『イエス・キリストは、きのうも今日も、永遠 に変わることがない方です』(ヘブ13章8節)と書き記しているように、不変不易な方 なのです。むしろ、割礼を授けられ、腕に抱かれ、食事をし、疲れ、〔十字架の〕木に釘 づけにされ、苦しみを受けられた肉体の内に、苦しむことのない、肉体を持たない、神 の言が存在されたのです。・・・実に、言の人間的な〔肉体〕が服したことを、それ〔肉 体〕にご自分を結び合わせた言はご自分のこととして担われたのです。それは、私どもが 言の神性にあずかることができるためです。全く逆説的なことですが、この方は苦しむ方 であり苦しまない方であられました。ご自分の肉体が苦しんだことで苦しまれ、苦しむ ご自身の肉体の内におられましたが、本性において神であり、苦しみ得ない言である方と しては、苦しまれなかったのです。一方では、肉体を持たない方が苦しみ得る肉体の内に おられ、他方では、肉体は自分の内に、肉体の弱さを消滅させる苦しみ得ない言を有して いたのです。・・・真に救い主が真の人間になられたので、人間全体の救いが成就された のです。・・・私どもの救いは想像の産物ではなく、また単に肉体の〔救い〕ではなく、 人間全体、即ち、魂と肉体の救いが真にこの方の内に成就されたのです。聖書によれば、 マリアから〔生まれた〕救い主の肉体は、本性によって、人間の〔肉体〕であり、真の 〔肉体〕でした。それは真の〔肉体〕でした。私どもの〔肉体〕と同じものだったから です。・・・実に、御子は、神であり栄光の主であられたが、栄光なしに、釘づけにされ 辱められた肉体の内におられたのです。〔十字架の〕木の上で傷ついて肉体は苦しみを受 け、その脇腹からは血と水とが流れ出ましたが、言の神殿として、神性に満ち満ちたもの だったのです。このため、侮辱された肉体の内にあって自分の形成者が耐え忍んでおられ るのを見て、太陽は光を放つのを止め、大地を闇で包んだのです。しかし、その肉体は、 本性によって死ぬべきものではありましたが、自分の内におられた言のおかげで、自分の 本性を超えて復活させられ、本性による腐敗は終りを迎え、言の衣となり、人間を超えた 言をまとったことで朽ちないものとなったのです」30。


 ここで問題となった「御子は御父から生まれた」という表現は、詩編2編7節とそれを 引用した使徒13章33節、ヘブライ1章5節、5章5節の「お前はわたしの子、今日、わ たしはお前を生んだ」が聖書的根拠となっています。それを引用したヘブライ書では、 「わたしたちには、もろもろの天を通過された偉大な大祭司、神の子イエスが与えられて いる」として、「この大祭司は、わたしたちの弱さに同情できない方ではなく、罪を犯さ れなかったが、あらゆる点において、わたしたちと同様に試練に遭われたのです」と記されていきます(4章14、15節)。このように「キリストは、肉において生きておられた とき、激しい叫び声をあげ、涙を流しながら、御自分を死から救う力のある方に、祈りと 願いとをささげ、その畏れ敬う態度のゆえに聞き入れられました。キリストは御子である にもかかわらず、多くの苦しみによって従順を学ばれました。そして、完全な者となられ たので、御自分に従順であるすべての人々に対して、永遠の救いの源となり、神からメル キゼデクと同じような大祭司と呼ばれたのです」(5章7~10節)。そこで受けた苦し みの意味は、わたしたちの苦しみを背負うためでした。このようにわたしたちは「血と 肉を備えているので、イエスもまた同様に、これらのものを備えられました。それは、死 をつかさどる者、つまり悪魔を御自分の死によって滅ぼし、死の恐怖のために一生涯、奴 隷の状態にあった者たちを解放なさるためでした。・・・それで、イエスは、神の御前に おいて憐れみ深い、忠実な大祭司となって、民の罪を償うために、すべての点で兄弟たち と同じようにならねばならなかったのです。事実、御自身、試練を受けて苦しまれたから こそ、試練を受けている人たちを助けることがおできになるのです」と述べられていきま す(2章14~18節)。わたしたちは頭がくらくらするような古代の議論を考えました が、それは決してどうでもよいことではなく、またわたしたちに全く無関係な話でもあり ません。聖書が語ることは、このように永遠の神の永遠の御子である栄光の神が、肉を とってわたしたちと同じ人間となってくださった、それはまさにこの地上で人間として生 きるわたしたちの苦しみ、悩み、悲しみをご自分のものとして引き受けてくださり、それ を共に背負ってくださったということでした。アレイオスに反論したアタナシオスは、十 字架の主イエスを見上げながら、次のように語りました。「キリストへの信仰の刻印と は、次のようなものです。神なる言である、御父の知恵であり力である神の御子が、私ど もの救いのために代々の終わりに人間となられた。・・・人間となり、人間としての救い の営みを果たされ、私どもに対して宣告された死を逃げ出させ、滅ぼした後、常にそうで あられ、絶えずそうであられるように、〔御父〕の内におられ、御父もご自分の内におら れる方として、今や御父の右に座しておられるのです」。しかもこの方が「飢え、渇き、 殴打され、涙を流され、眠られ、ついには私どものために十字架の上で死をも受け入れ られた」31と。


 今日は棕櫚の主日で今週は受難週です。わたしたちの罪のために十字架にかかってくだ さった主イエスの苦しみを覚える一週間です。しかしそこで忘れてはならない。この方は 本来は栄光に輝く神ご自身であられたということをです。しかしわたしたちのためにその 栄光をかなぐり捨てて、天の御座からこの地上に降り、わたしたちと同じ人間となってく ださいました。そして「あらゆる点において、わたしたちと同様に試練に遭われた」のです。それは「民の罪を償うために、すべての点で兄弟たちと同じようにならねばならな かった」からですが、そのように「御自身、試練を受けて苦しまれたからこそ、試練を受 けている人たちを助けることがおできになる」方となってくださいました。今日のわたし の悲しみを知る方として、そして明日の心配を共に背負ってくださる方として、神の独り 子が人となり、わたしの許にまで来てくださいました。十字架の上に示された神の愛と恵 み、それはわたしの苦しみと悩みを神がご自分のものとして背負い、わたしの悲しみと恐 れを共に担うということでした。こうしてわたしのために天から降って十字架にかかって くださった神の独り子に、心からの感謝と賛美をささげていきましょう。




1 大内三郎、「熊野義孝先生の日本神学史研究」、『熊野義孝全集』12巻付録12、2頁

2 雨宮栄一、『牧師植村正久』、新教出版社、99頁

3 大内三郎、「前篇 日本プロテスタント史」、『日本キリスト教史』、1986年、日本 基督教団出版局、351頁 「正久の言う『神、人になりて

 世に下り、十字架に死して人の罪を贖いたもうた』とい う福音が正しいとされたのである。つまりキリストは単に人であるだけでなく神であ

 るとする正統的な立場が確立されたわけである・・・」。雨宮、前掲書、111頁

4 植村正久、『植村正久著作集』第6巻、403~404頁、 ただし引用は、雨宮栄一、『牧師植村正久』、新教出版社、72頁からの孫引き。

5 土肥昭夫、『日本プロテスタント・キリスト教史』、1987年、新教出版社、177~178 頁

6 同上、178頁

7 砂川萬里、『海老名弾正・植村正久』、1965年、東海大学出版会、175頁

8 信条翻訳本文の脚注③参照。「原文は『独り子である神の子』と二語に区別されてい る。同格なので、この二つを一つにまとめて訳している訳 (神の独り子またはひとり子 など)が多いが、ここでは区別して訳した」。

9 「イエスは『神の子』であるとする信仰と、『独り子』であるとする信仰とが別々に成 立し、それらが統合されたと見て良いであろう」。

 渡辺信夫、『古代教会の信仰告 白』、2002年、新教出版社、160~161頁

10 同上、160頁

11 アレイオス、「ニコメディアの司教エウセビオス宛ての手紙」、 小高編『原典 古代キリスト教思想史』2 ギリシャ教父、2000年、教文館、

 17頁

12 アレイオス、「アレクサンドリアのアレクサンドロス宛ての手紙」、同上、18~19頁

13 アレクサンドリアのアレクサンドロス、「すべての司教宛ての手紙」、 小高編『原典 古代キリスト教思想史』2 ギリシャ教父、2000年、

 教文館、23頁

14 同上

15 P.ネメシェギ、『新訂 父と子と聖霊-三位一体論-』上智大学神学部編現代神学叢 書3、1984年、南窓社、126~127頁

16 エイレナイオス、「使信の説明」47、小高編『原典 古代キリスト教思想史』1 初 期キリスト教思想家、1999年、教文館、113頁

17 オリゲネス、「諸原理」1.2.2~4、小高編『原典 古代キリスト教思想史』1  初期キリスト教思想家、1999年、教文館、334~335頁

18 オリゲネス、「ヨハネ注解」1.29.204、同上、337頁

19 「世の成らぬさきに」、『讃美歌21』、1997年、日本キリスト教団出版局、245番

20 オリゲネス、「諸原理」4.4.1、小高編『原典 古代キリスト教思想史』1 初 期キリスト教思想家、1999年、教文館、348頁

21 J.I.パッカー、『使徒信条 私たちの信仰告白』、1990年、いのちのことば社、 51~52頁

22 ローマのディオニシウス、「アレクサンドリアのディオニュシオス宛ての手紙」、同 上、416~418頁

23 オリュンポスのメトディオス、「シュンポシポン」8・9、同上、419~420頁

24 ウィリアム・ウッド、『〔エホバの証人〕の教えと聖書の教え』、1989年、 いのちのことば社、42頁;後藤光三、『エホバの証人とは?

 聖書から見たその間違 い』、1981年、教会新報社、42頁

25 『聖書は実際に何を教えていますか』、2005年、ものみの塔聖書冊子協会、41頁; 『永遠の命に導く知識』、1995年、ものみの塔聖書冊子

 協会、39頁

26 森山諭、『エホバの証人のまちがい』、1987年、ニューライフ出版社、10、25頁

27 渡辺信夫、『古代教会の信仰告白』、2002年、新教出版社、69頁

28 カール・バルト、『われ信ず 使徒信条に関する教義学の主要問題』、2003年、 新教出版社、47頁

29 関川泰寛、『ニカイア信条講解 キリスト教の精髄』、1995年、教文館、93頁

30 アタナシオス、前掲書、64~66、69頁

31 同上、54~56頁